≪若き日のアスランの場合≫
テオルの森を巡回中、呆然と森に座り込み空を見上げている美しい人を見つけた。
それは一枚の絵画のように美しかったが、同時に違和感もあった。
身形はどうみても裕福な人間・・・・もしかしたら貴族の人間が着るような上質な物だった。
だがその反面、貴族であるならば居るはずの護衛や従士する人間がいない。
・・・・・・貴族の人間が家出したのだろうか?
いや、それはありえない。
そもそも一番近くにある帝都グランコクマからも、ここはある程度距離がある。
魔物に会わずにいる事はないはずだ。
一見しただけでも、白いショール? みたいな物を羽織っているだけで、その身に武器を携帯していないと分かる。
そんな人物が、このテオルの森まで来られるのだろうか。
否。
それにこのテオルの森だって、魔物は現れる。
それとも魔物に襲われて、貴族である彼(彼女?)だけ命からがら逃げてきたのだろうか?
そんな事があれば、テオルの森に駐留している我々に連絡が来てもおかしくは無いはずだ。
残念な事に、そんな情報は一切入っていないのが現実だ。
では何者かに誘拐されたのか?
その割には怪我も拘束もされていないようだが、近づいてくる私を察して誘拐犯が逃げたのとか・・・・?
あらゆる可能性を考慮しても、どれも違和感が残るばかり。
とりあえず身柄を保護して、何があったか問い質すべきだろう。
そう決意して彼(彼女?)に近づけば、ぽつりと落とされた声。
「お父様・・・?」
不思議そうな声で、辺りを見回している。
その視界に私も入っているはずなのに、声からして男なのだろう彼はどうやら私を認識していないようだった。
目が見えてない・・・・訳じゃないのだろう。
ただ何かを必死に認めたくないような・・・・そんな仕草であった。
「お兄様・・・?」
不思議そうな声音が震えていた。
「ルシルフル・・・?」
答えは返らない。
この場には私と彼しかいないのだから、当然だ。
どれだけ待っても返答が無い事を認識した彼は、言葉にならない悲鳴を上げた。
「・・・・・・・・・・――――――!!!!」
その声は、絶望に満ちていた。
聞いている自分自身、胸が締め付けられる。
泣く事が出来ない程深い絶望に身を浸した彼を、気づけば私は抱きしめていた。
「大丈夫です、私がいます。」
己がいるからと言って何が大丈夫だというのか。
彼にとって私は見ず知らずの他人でしかない。
見ず知らずの他人に抱きしめられて、しかも大丈夫だと言い聞かせた所で納得できないだろう。
だが彼は私の声に、ようやく私と言う存在を認識してくれたようだった。
「・・・・貴方は、誰?」
気丈にも現実を受け入れようとする目は強く、けれど儚い。
「私は第二師団テオル駐留部隊所属、アスラン・フリングス准将であります。」
身体を離し、相手を観察してみれば・・・・見れば見るほど美しい人だった。
きめ細やかな白い肌。
今は潤んだ翡翠の瞳。
毛先になるにつれ輝く朱金色の髪。
・・・・あぁ、隣国の王族の特徴と似ているな、と思考の一部が呟いた。
「ここは・・・・どこ?」
先程答えを言ったようなものだが、もう一度現在位置を教えようと口を開く前に相手が言葉を続けた。
「どうして俺はここにいるの・・・?」
どうしてと何度も呟く彼に、私は気づいてしまった。
もしかして彼は部分的な記憶障害に陥っているのではないだろうか?
一度医療班に診てもらった方がいいかもしれない。
「・・・・話はまた後程に致しましょう。ここは軍の駐屯地でもありますが、魔物が出ない訳ではありません。」
そっと支えるように立ち上がらせる時に気づいた、身体の細さに驚いた。
「おれ・・・・私はこれからどうなるのでしょう?」
先程の一人称は無意識だったのか、今度はしっかり公的な一人称になったのをどこか残念に思いながら、私はそれでも微笑して見せた。
「大丈夫です。・・・・・私と共に、参りましょう。」
そっと手を差し出せば、躊躇いがちに重ねてくる手をしっかりと握りしめた。
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