Wonderful Heaven Extra : 16


≪ルシルフルの場合≫



 目の前に用意された赤い果物に目を輝かせ頬張る兄上を見ていると、自然に笑みが零れた。

「兄上、お気に召しましたか?」
「ありがとう、ルシルフル。とても美味しいよ。」
「それは良かったです。わざわざエンゲーブに頼み込んだ甲斐がありました。と言っても、アッシュ・・・・兄上を通じての事ですが。」

 アッシュを兄上と呼ぶのにはまだ慣れない。
 兄上がファブレ家に来る前はそれなりに呼んではいたが、所詮それは人前での事だ。それも極力呼ばないようにしていたし。(そもそも以前の世界では一度もそんな呼び方した事ないのに呼べるか!)
 チャネリングではいつも呼び捨てだったし、最近はアッシュがダアトに潜入捜査もしている事もあって会話をするにもチャネリングとなる。

『いい加減慣れたらどうなんだ?』
(わかってるよ!)

 チャネリングでアッシュが呆れているのがわかる。
 が、俺はこれでも頑張っている方だ!
 兄上を兄上と呼ぶのには全然平気なんだけどなぁ・・・・。
 やっぱり相手がアッシュだと違うのか。

 そもそもこのさくらんぼだって、ほとんどアッシュの功績で手に入れてきたと言ってもいい。
 考えたのは俺だけど!
 食料を調達するのには金がかかるのはわかっているが、キムラスカの公爵家であるというだけで値段が吊り上げられる事もあるのだ。
 そりゃあ、貴族なんだから一般人と比べて資産は多くあるだろう。
 だがこれでも以前の世界で旅をした身、そこに金銭に関してうるさい人間がいたおかげで、値段が高いとどうにも気になってしょうがない。

『金は定期的に散財しろ。宝飾でも嗜好品でもいい。金が一所に貯まれば、他が立ち行かなくなる。不満も出るしな』
(・・・・善処する。)

 以前の世界で旅をしている間はそれで良かった。
 だが貴族としては、それではいけない事もこの世界で知ったのだ。
 立場を切り替えると共に、感覚も切り替えなきゃいけないなんて・・・・難しい。
 戸惑っている俺に比べ、アッシュはそこの切り替えも上手い。
 くそっ、アッシュを見たら何だかムカついてきたな・・・!

「二人はさくらんぼ、嫌い?」

 おっと、悶々と考えていたら兄上を不安にさせてしまったみたいだ。
 不覚!

「いいえ、兄上。さくらんぼは嫌いじゃありません。」
「同じく。」

 俺とアッシュがそう答えると、兄上は安堵なさったようだ。

「だったら一緒に食べよう? 一人で食べてても何か悪いし・・・・。」
「・・・・はい。じゃあ俺も頂きます!」
「俺も食うか。」

 綺麗に色づいたさくらんぼを口に含めば、甘い果汁が口の中に広がる。
 ・・・・へぇ、このさくらんぼ美味いな。

「・・・ふむ、悪くない。」

 素直じゃないな、アッシュ。
 舌の肥えたお前がそう言うって事はかなり美味いって事だろうに。

「美味しいですね、兄上!」

 俺が笑えば、兄上も笑って下さる。
 よほどこのさくらんぼをお気に召して頂けたんだな・・・・また頼むか。
 と、何を思ったのか兄上が茎を食べてしまった!

「あ、兄上?」

 もぐもぐと動く口。
 ど、どうしよう!?

「ルルー?」

 アッシュの声も動揺している。
 もぐもぐもぐ。
 もぐもぐもぐ。

「兄上・・・大変申し上げにくいのですが、茎は食べられませんよ?」

 茎は食べられないと、誰も兄上に教えてなかったか?
 いやでも、兄上は逆に不思議そうに首を傾げるし。
 本当に何をやっているんだろう?
 もう一度呼びかければ、ようやく兄上が口から茎を吐き出した。
 安心したのも束の間、やや意気消沈した声と言葉に、今度は俺たちが首を傾げる番だった。

「・・・・ルシルフル、お前はさくらんぼの茎を口の中で結ぶ事が出来る?」
「わかりません、やった事ありませんから・・・・。」
「お兄様は?」
「わからん。愚弟と同じでやった事がないからな。」
「じゃあ、やって見せてくれませんか?」

 懇願するように見つめてくる兄上の願いを断れる奴が居たら見てみたい。
 八つ裂きにしてやる。
 ・・・・とりあえず何でこんな事を言い出したのかわからないけれど、やってみるか。
 アッシュに視線を向ければ、すぐに目があった。
 何も言わなくてもちゃんと乗ってくれるようで助かる。

 結果から言えば、実はアッシュができたと言う前に結べていたのだ。
 ただ兄上が結構な時間頑張っていたのにも関わらず、できなかったのを見て最終的に茎を元に戻した。

「意外と難しいですね・・・。」

 そう言えば、呆れた視線と同意する視線が突き刺さった。
 前者はアッシュ、後者は勿論兄上だ。

『おい愚弟、お前・・・・』
(兄上に言ったら殴るぞ。)
『出来ていたなら出来たでいいだろうが。何故隠す?』

 兄上の為に決まっているだろう!

 だがまさか茎を結べるとキスが上手いと言われているなんて、知らなかった!
 アッシュはできてもいいよ。
 兄上が結べられなくて本当に良かった。
 兄上が結べていたら、ちょっと所じゃなく、かなりショックを受けていたかもしれない。
 というか兄上、その話をどこから知ったんですか?

「・・・・さぁ、誰だったかな?」

(と言ってるけど、アッシュ、候補は?)
『一人。むしろソイツしか思い浮かばん。』

 アイツねぇ、確かに知ってそうだ。
 今度確認しなければ。
 その日はそのまま話は流れたのだが、次の日俺はアイツを見つけて呼び止めた。

「・・・・ガイ。」
「ルシルフル様? 何かご用でしょうか?」
「お前に少し聞きたい事があって・・・・」
「聞きたい事、ですか? 俺に答えられるモノでしたら・・・・」
「さくらんぼの茎を口で結べたら何が変わるんだ?」
「変わる・・・・というか、口で結べたらキスが上手いって話ですよ。ルシルフル様、よくご存知でしたね!」

 や は り お 前 か。

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・ルシルフル様?」
「何だ?」

「それで何で抜刀なさってるんです? あぶっ、あっぶなー!? それ以上近づけば本気で危ない・・・・・・ってぎゃあああああ!! 死ぬっ、俺死んじゃいますからルシルフル様!! 俺何かしました!? うぎゃぁあああああ!!!」


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