Wonderful Heaven Extra : 11


≪アッシュの場合≫



「・・・・おい、」

 木陰で一人、読書しているレプリカ・・・・今や双子の弟となったルルーに声を掛ければ、不思議そうな顔で見上げてきやがった。

「お兄様、お帰りになっていたのですね。」
「あぁ、今帰った。」

 ダアトローレライ教団へのスパイは精神的に疲れる。
 気を張るのが馬鹿らしくなるくらい、あの髭と樽一味に関わると別の意味で頭が痛くなってくるのだ。
 ホントに大丈夫か、あの教団。
 いや、どうせ他国のことだから最終的にはどうでもいいのだが。
 あそこの導師は、あの馬鹿どもを助長させて逃れられない証拠を掴んだ後にばっさり切り捨てるつもりなんだろうが・・・・。
 オリジナルの導師とはあそこまで腹黒いものだったのか・・・・・。
 あれを目前にすると、シンクの捻くれ具合が可愛いものに見えてくるのが不思議でならない。
 そんなストレス過多な仕事を続けていく中での癒しは、まさにこれ!
 数ヶ月に一度、ローレライ教団を上手く抜けての帰宅! そこで待つ家族との再会だ。
 母上似のほんわかと癒される笑顔と『お兄様』呼びは、何度聞いても照れる。
 だが照れてる顔を弟に見られてたまるか!

「あの、お兄様・・・・俺はまた何かやらかしてしまいましたか?」

 なに!?
 ど、どういうことだ!?
 コラどうしてそこで悲しそうに目を伏せる!?

「兄上、」

 俺が内心焦っているともう一人の弟・・・こっちは愚弟と言っても差し支えない奴が、ルルーに微笑みながら、俺には覇気というかもはや殺気と言っていい物を含みながら睨みつけてきやがった。
 ・・・・・・・・・・毎度思うが、変な所で器用だな愚弟。

「いけませんよ、兄上」
「ルシルフルまで・・・」
「兄上、先日まで体調崩して寝込んでおられましたでしょう? それなのに外に出て読書など、アッシュ兄上とて心配なさるに決まっています。」
「・・・・心配?」

 愚弟がしゃがみ込んでいた弟に手を伸ばし立たせると、ルルーは不安そうに俺を見上げてきやがった。
 な、なんだその上目遣いは!?
 そんな破壊力のあるものどこで覚えてきやがった!?

『さっさと肯定しろこの馬鹿、兄上が怯えてるだろ!?』
(なに!? 何故怯えているんだっ)
『お前なぁ、自分の顔が強面だってことぐらい自覚しろよ。照れ隠ししようとして眉間に皺が増えて、兄上のこと威圧してたんだよ!』

 なんだと!? そ、そうだったのか・・・・!
 すまんな、ルルー。

「・・・・あぁ、あまり無理するな。」

 弟は何度か瞬きすると、次の瞬間には花が綻ぶような笑みを浮かべた。

「俺は大丈夫です、お兄様」
「だといいんだが・・・・」

 弟は母上と一緒で身体が弱いからな。
 本人は大丈夫だと無茶をしがちだし、やはり周りの人間が頃合を見計らって止めなければ。

「さ、兄上。こちらへ」

 俺と弟が話している最中、愚弟はルルーの持っていた本を奪っていた。
 何度も思うが愚弟の過保護ぶりは相当なものだな。
 ルルーの手を取って、愚弟は弟を木陰にセッティングされたテーブルへとエスコートしていく。

『仕方がないからアッシュも来い。』
(貴様、相変わらず俺への態度がなってないな)
『そうか?』

 まったく自覚無しか。
 極端すぎるんだよ愚弟が。・・・・はぁ。

「それにしても、何故外で読書などしていたんだ? それこそ室内でもできるだろうに」

 それに確かお前は母上と一緒で、強い日差しにあたると肌が赤くなってしまうそうじゃないか!
 いくら今は木陰といえど、本に夢中になってる間に日が傾いて日差しを浴びたらどうする!?

「それはそうなんですが・・・部屋でじっとしているのに飽きてしまって。運動しようにも止められてしまいますし、ならせめて外の空気を吸いながら大人しくしてようと思ったんです。」

 むっ、・・・・・それなら仕方ないか。

『アッシュも過保護だなぁ。』
(貴様程ではない、愚弟!!)
「どうぞ兄上、先程焼きあがったばかりのスコーンです。紅茶に良く合いますよ?」

 俺を過保護というなら、貴様はどうなんだ!
 言ってる側からメイドにやらせればいいものの、紅茶を自ら入れたりスコーンを取り分けたり!

「ありがとう、ルシルフル」
「いいえ。当然の事をしたまでですから」

 柔らかく微笑む弟とお礼を言われて嬉しそうな愚弟・・・・うーむ、和む。
 じゃなくてだな!!

(愚弟貴様っ、貴様とて誇り高きファブレ一族の一人だろう! 上に立つべき者の一人が何故給仕をしているんだ!?)
『俺はいつだって、兄上の世話は俺がしたいと思っている。』
(そういう問題じゃないだろうがこの愚弟がぁああああ!!)

 駄目だ。
 これは駄目だ。
 愚弟の弟への傾倒ぶりは前から知っていたが、再認識した。
 むしろこれほどまでに執着されている弟が、若干どころかかなり不憫でならない。
 将来大丈夫だろうか、本当に・・・・。
 愚弟を止められぬ不甲斐ない兄を許せ、ルルー。
 さすがに俺もこういう状態の愚弟にはあんまり関わり合いたくないんだ!
 碌な目にあってぬぇ!!

「それにしても、」
「はい?」

 大きめのスコーンを小動物のように頬張る弟・・・・癒される!!
 だが、

「・・・・・まずは食べておけ。」

 食ったまま喋るんじゃない!
 全く・・・!
 弟は俺の言葉に何度か頷くと、数分スコーンと格闘し、にっこり笑った。

「何でしょう、お兄様?」
「『幻想御手』の名はダアトでも有名になってきたぞ」
「そうなんですか?」
「さすがは兄上です!」

 弟が執筆した作品は、キムラスカ国内では絶大な人気を誇っている。
 その本をダアトにも数冊寄贈されているのだが、その数冊を巡ってダアトではつい最近まで、熾烈な戦いが起こっていた。

「我先にと貸し出しを迫る輩が多くてな。その混乱事態に、一時は神託の盾騎士団が出動したらしい。」
「はぁ・・・、それはまた大変でしたね。寄贈数を増やした方がいいですか?」
「いや、今のままでいいだろう。あまり増やして、購入する人間が減っては元も子もない。それに導師の鶴の一声で騒ぎは既に収まっている。」
「どう対処したんですか?」
「貸し出しを迫る輩を順番に並ばせて予約待ちとさせた。貸し出し期限は3日間。話も短い童話であるし、3日でも長い方だろうな。期限を破った者は厳罰に処す。気に入った者、もしくは待ちきれない者は自身で購入しろとの命令だ。」

 ちなみに俺も導師も、ルルー自ら本を貰っているので騒ぎには参加しなかった。
 というか実は貰った本を大切に保存用にしておいて、読書用に一般に出回っている本をもう一冊買っておいた。
 一般用と貰った物では装丁が違うんだ。
 貰った物の方がファブレの刻印が入った初版本、シンプルながらに品の良い装丁が施されているマニア垂涎の的なのだ!

「そこまで、ですか・・・」

 著者本人は、信じられなさそうに目の前で瞬きしているが。
 だが真実、弟が作り出す童話は秀逸の一言に尽きる。
 そんな弟をもって俺も誇らしい。

「頑張った褒美だ、何か欲しい物はあるか?」
「欲しい物、ですか・・・?」

 不思議そうに小首を傾げ、何故か弟は愚弟に視線を向けたかと思うと、もう一度俺を見て微笑んだ。

「今の所何も思いつかないので、大丈夫ですよ?」

 この言葉に俺は少し焦った。

「何も無いのか? 小遣いとか、」
「今回、収入がたくさん入りましたから・・・」
「新しい武器や防具とか」
「そもそも俺では扱えませんから・・・」
「そうだったな・・・。では服とか装飾品ではどうだ?」
「既に母上が新調して下さったようで・・・」
「本とか」
「欲しいという前に、父上が買い揃えて下さってますから・・・」

 うぅむ、本当に何も無さそうだ。
 だがこのまま引き下がるのもな・・・・。
 俺とルルー、二人揃って悩んでいると、やがて弟が名案が浮かんだとばかりに微笑んだ。

「・・・・一つ、ありました!」
「何だ?」
「俺への褒美は無しにして下さって構いません。その代わり、俺の願いと言うか我が儘を聞いて欲しいんです。」

 また改まって何だ?
 余程無茶じゃない限り聞いてやるつもりだが・・・。

「お仕事が大変な事は分かっています。ですが出来る限り、キムラスカへ帰って来て欲しいんです。普段あの方は何も言わず政務をこなしていますが・・・・・・・ナタリア殿下が大変寂しがっておられました。」

 駄目でしょうか? と柔らかい笑みを浮かべたまま問う弟に俺は目を見開いた。
 ナタリア・・・。
 俺がアッシュとして任務をこなしている今、文さえも満足に交わしていない。
 あれは強い女で、俺には勿体無い女だ。
 だからという訳ではないが、確かに会う時間は無いに等しかった。

「それに、お兄様自身も会いたいのでは?」
「それはっ・・・!」

 確かに会いたい。当たり前だ!
 しかし現在、対外的に『ルーク』はルルーなのだ。
 そのルルーを差し置いて、ナタリアが他の男と出会っているのが敵対する貴族連中に知られたら・・・・!

「勿論、お膳立てはこちらでします。そうだろう、ルシルフル?」
「ええ。」
(感謝しろよ、アッシュ。)

 優しく微笑む弟に、何だかんだ言いつつ笑う愚弟・・・・・くそっ、目頭が熱い!

「お兄様たちが、ルシルフルが、俺の愛する家族が幸せであること。それが望み。」

 その時、俺は気づけなかった。
 愚弟の笑みに隠された僅かな影を。
 その影は一心にルルーを見つめていて、そうして影の正体を愚弟から聞かされたのはダアトに戻った後だった・・・・。


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