≪ルシルフルの場合≫
たまに兄上は、寝物語として童話を話してくれる。
そっと囁くように、共にベッドに寝ながら話してくれる内容はハッピーエンドばかり。
兄上だけじゃない、俺もハッピーエンドが好きだから嬉しいんだけど・・・・。
現在兄上の作品の中で一つだけ、異彩を放つ物がある。
海の世界のお姫様が、陸の世界の王子に恋をして、嵐の夜に王子を助けた所から始まる純愛悲劇。
その物語は多くの女性から支持を得て、何でも暗闇の夢でも舞台化が決定したらしい。
そして普段は作品化する前に俺に内容を教えてくれる兄上が、俺に教えてくれないまま、製本さえ手伝わせてくれなかった物語でもある。
それは偶々だったのか?
あの兄上に限って?
物語の最後は海の世界のお姫様が泡になって消えてしまうのだが、・・・・・・・それがどうしてもレプリカが死んだ時の情景と重なってしまうのだ。
兄上、貴方は自分が死ぬとどうなるのか、ご存知なのですか?
だから自分が生きたという証拠を残していこうとなさっているのですか?
あの物語は、兄上が普段押し込めている恐怖でもあるのでは?
その答えを聞くのが怖くて、未だ聞けていないけれど。
「兄上・・・」
「どうした、ルシルフル」
そんな不安そうな顔をして、と兄上は一緒のベッドで横になりながら優しく微笑んでくれた。
いつもなら癒されるその笑顔が悲しくて、どうしようもなくなって、甘えるように兄上を抱き寄せた。
兄上は何も言わず、ただ俺の好きなようにさせてくれる。
「・・・・仕方ないな。」
そう笑って、抱きしめ返してくれる。
それは嬉しい。
だけど兄上・・・・。
俺が貴方を死なせると思っているんですか?
俺だけじゃない。
父上や母上が、そしてアッシュやローレライがついているのに。
そう簡単に乖離なんかさせてあげませんから、どうか安心して下さい。
それが信じられなかったら、どうかせめて俺に不安や恐怖をぶちまけて、共に背負わせて欲しいんです。
今でこそローレライの計らいでアッシュの弟として存在しているけれど、以前の世界では同じレプリカルークだったのだから、兄上の気持ちも理解できると思うんです。
変わってしまった俺だけれど、あの頃から変わらない想いを持っている。
「何があったのかは知らないけれど・・・・」
何かあったのは兄上の方じゃないんですか?
「今日はこのまま眠ろうか。きっと明日には元気になっているよ」
・・・・・そうだといい。
このままじゃ兄上に余計な心配をかけさせてしまう。
「こら、ルシルフル! まだ何かぐるぐる考え込んでるだろう?」
兄上・・・・?
「何で分かるんですか、って顔してる。それぐらい分かるよ。俺はこれでもお前の兄だ。・・・・こんな俺じゃあんまり力になれないかもしれないけれど、何かあったなら言って欲しい。俺が出来ることなら必ず願いを叶えてあげる。」
兄上・・・・!
今すぐに泣き出してしまいたい位、胸がグッと詰まる。
きっと今俺は情けない顔してる。それを隠すように兄上の肩に顔を埋めた。
額をグリグリと押し付ければ、クスクスと笑みと共に伝わる振動とその温かさに心の底から安堵したんだ。
「・・・・兄上がそう仰って下さる、それだけで充分です。」
「そうか? 本当に、何かあったら言ってくれ」
「兄上も、」
「ん?」
「兄上も何かあったら俺に教えて下さい。」
「・・・・・・・・あぁ。」
嘘だ。
答えるまで僅かに間があったし、結局肯定とも否定ともとれる返事だった。
俺も他人の事言えないけれど、俺はそんなに頼りない?
もっと強くならなくては。
兄上を守れるように、支えられるように。
・・・・何より俺だけでも頼ってくれるように。
「兄上」
「ん?」
そういえば、兄上に褒美を取らそうと父上と話をしたんだっけ。
でも金銭に興味も無いようだから、兄上がどんな物を欲しがっているか知っているかと聞かれたんだ。
兄上が欲しい物と聞かれて、思い浮かばなかった事に思わず愕然としてしまったけれど。
まずはもっと兄上に近づこう。
兄上がどんな事を考えて、どんな事がしたいのか。
それを知る事で、きっともっと兄上に近づけるはずだ。
俺は顔を上げて、優しげに細められた翡翠の目を見つめた。
「・・・・・何か欲しい物はありますか?」
「え?」
「何かして欲しい事でもいいんです。」
「突然、一体どうしたんだ?」
「いいから、答えて下さい!」
変なルシルフル、と笑う兄上はしばらく考え込んでいたかと思うと、背に回していた手を戻され、何故かギュッと握り締められた。
「平和を。」
その言葉は、その声は、厳かでさえあった。
「誰もが笑っていられるように。誰かがこれ以上傷つくことが無いように。」
その願いはあまりに尊すぎる。
安易に兄上の願いを叶えたいと思っていた自分が恥ずかしい!
「これは偽善かもしれないけれど、ね・・・・」
「いいえ!」
反射的に否定して、俺はゆっくりともう一度言葉を繰り返した。
「・・・・いいえ、兄上。俺もそれを願っています。」
「ルシルフル」
「はい。」
剣ダコが出来た俺の手を握り締めたまま、兄上は苦しげな表情で睫毛を震わせていた。
「・・・・・・・・・死ぬな。」
そっと呟かれた言葉に、俺は無言のまま兄上の手を離させる。
不安げに瞳を揺らめかせた兄上を安心させるように、俺は兄上の指に自分の指を一本一本絡ませた。
「死にません。約束します。」
兄上の願いを叶える為には、ますますヴァンが邪魔になった。
あの髭がいる限り、兄上の願いは叶えられない。
これから起こるであろう戦争も、兄上を悲しませる。
預言があるとはいえ、前回同様キムラスカとマルクトが開戦されれば、兄上がどれほど悲しむだろうか。
・・・・・俺は死にませんよ、兄上。
兄上を守るのは俺です。
兄上の願いを叶えるのも、俺でありたい。
「兄上が天寿と全うして幸せになるまで、俺は死にません。」
その為の努力も策謀も、苦にはならない。
兄上は俺をじっと見つめていたかと思うと、この頃は見る事は無かったはずのどこか諦めきった儚げな微笑を浮かべ、小さく頷いた。
俺は死にませんよ。
兄上も、簡単に死なせません。
「約束です。」
約束は、果たされる為にある。
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