Wonderful Heaven Extra : 06


≪ルークの場合≫



「―――ルーク、こちらへ。」

 ベッドの上、彼は半身を起こして手招きをしている。
 私がそれに誘われるように近づけば、彼はゆるりと笑ってくれた。
 それは一夏の夢。
 泡沫の、夢。




 彼らが私とパパの家にやって来たのは、本当に突然の事だった。
 だって、いきなり空から光と共にやって来たんだもの!
 その時家には、私とメイドさんと護衛さん達しか居なくて、彼女達はこぞって危ないから近づいちゃダメだって言ってたんだけど、・・・・・・でも私には危ないだなんて全然感じかった。
 光と共に現れた人は二人。
 白い布に覆われた一人はぐったりとしていて倒れたまま動かなくて、もう一人のお兄さんはそんな相手を見て凄く焦ってた。
 倒れている人に呼びかけている声は本当に悲しそうで、だから私は声をかけたの。

「大丈夫?」
「っ!?」

 そこでようやく焦ってた人は、私達の存在に気づいたみたい。
 倒れている人を瞬時に抱き寄せて、警戒するように私達を見てた。

「ねぇ、その人すっごく体調が悪そうだよ。すぐに休ませた方が良いと思う。」
「・・・・君は・・・・」
「私のベッドを貸してあげる。」

 そう言った直後、メイドさん達から息を飲む音と止める声を聞いたけど、私は大丈夫だって押し切った。

「こっちだよ!」

 私が案内するように踵を返すと、僅かに間を置いて、それでも彼は意識を失ってる人を抱き上げてついて来てくれる。
 この時の事は、後からパパやジェイドお兄さんたちに「無闇に知らない人を家に上げちゃいけません!」って怒られちゃうんだけど、この人達なら大丈夫って何故か思ったんだよね。
 事実、案内している間何も喋らなかったけど、後ろから切り捨てられる事も無かったし。

 私が自分の部屋のドアを開けると、彼は一瞬戸惑ったように立ち止まった。
 私の部屋、何か変だったかな?

「入らないの?」

 首を傾げて促せば、ようやく彼は私の部屋に入って来た。

「ベッドはそこだよ」

 私が指で示せば、彼はもう一度立ち止まり、長い長〜い溜息を吐いたかと思ったらベッドの上に意識を失ったままの人を横たえた。
 ホントに何なんだろう?

「・・・・・休める場所を貸して頂き、感謝する。」
「ううん、気にしないで! だって困ってる人がいたら放っとけないもん!」
「君に害を為す人間かもしれないのに?」
「それはないよ。お兄さんは、そんな事絶対にしない。」

 私が力一杯断言すれば、お兄さんは小さく溜息を吐いて、目を閉じて何か考えてるみたいだった。

「・・・・・俺はルシルフル。こっちは兄であるルルー。君は?」

 もう一人もお兄さんだったんだ!
 一瞬見ただけじゃ女の人か男の人か、良くわかんなかったんだよね。

「あ、そういえばまだ言ってなかったね! 私はルーク・コーラル・フリングスって言うの。よろしくね! それで・・・・ルルーお兄さんは、大丈夫なの?」

 すごく顔色悪いし、本当に大丈夫かな?
 やっぱりここはお医者さんを呼ぶべきかな?

「・・・・・兄上は元々お身体が弱いんだ。それなのに、思いもかけず『こんな所』まで来てしまったから、お疲れなんだ。大丈夫、このまま休ませて貰えれば、徐々に回復すると思う。」
「そっか・・・・。」

 重い病気とか酷い怪我をしてる訳じゃないんだ、良かった!
 でもグランコクマをこんな所っていう事は、どこから来たんだろう?
 やっぱりキムラスカの方かな?
 だって私と同じ髪の色をしてるんだもん!
 目の色も一緒なんだよ?

「じゃあ、回復するまでここに居ていいよ!」
「・・・・・いや、そこまで迷惑を掛ける訳にはいかない。ここは君の家かもしれないが、保護者と一緒に住んでいるんだろう? 君の一存で決められるとも思えないが。」

「―――では許可致しますので、どうぞご滞在下さい。」

「パパ!!?」

 いつの間に!?
 急いで振り向いて驚く私に、パパはにっこり笑ってくれたけど、本当にいつ戻ってきたんだろう?

「パパ、お仕事は?」
「途中で抜けてきました。家の方で何かあったようだと報告を受けましたので・・・・。それにカーティス少佐も一緒ですよ?」
「いや〜、フリングス准将の後ろにいたのに気づいてくれないとは、私でも些か傷付きますねぇ」
「ジェイドお兄さんまで!?」

 二人一緒に来てくれたのは嬉しいんだけど、ルシルフルお兄さん達を見る目が何だか・・・・ちょっと怖い。

「自己紹介が遅れました。私はこの子の養父でアスラン・フリングスと申します。こちらにいるのが、この子の教育係でもあるジェイド・カーティス少佐です。貴方がたのお名前をお聞きしても?」
「・・・・・・俺の名はルシルフル。こちらは兄のルルー。」
「できれば、ファミリーネームもお願いしたいんですがね?」
「知る必要は無いだろう。そう長く『ここ』に居る訳ではないし、我々としても出来る限り早く帰還しなくてはならない。」
「・・・・・成程。これは失礼致しました。」

 言いながら、ジェイドお兄さんは眼鏡をくいって上げてた。
 そういう仕草をするのは、ジェイドお兄さんが何かしら考えている時だって、私はもう知っている。
 もしかしてジェイドお兄さん、二人の事知ってるのかな?

「とりあえず、今日はこちらでお休み下さい。明日には客室のご用意をさせて頂きます。」
「・・・・・感謝する。」

 な〜んか、スッキリしない。
 ルシルフルお兄さんもパパ達も、お互い何か探り合ってる感じ。

「ルーク、こちらへ。」

 うっ・・・!
 にっこり笑って、ジェイドお兄さんが呼んでる。
 これは後で何か言われそう!

「待て。」

 内心覚悟を決めながらジェイドお兄さんの側に行こうとしたら、ルシルフルお兄さんに呼び止められた。
 ってうわぁあ!?
 いつの間に私のすぐ側にいるし!
 あれ、さっきまでベッド脇に居たよね?
 視界の隅で譜術を唱えようとしているジェイドお兄さんを、パパが止めてるのが見えたけど、一体何の用だろう?

「何ですか?」

 ルシルフルお兄さんは何にも答えてくれなかったけど、指先で私の胸の上をトンって軽く押して来た。

「!?」

 瞬間、触れられた胸の上・・・・ペンダントが凄く熱くなったけど、すぐにいつも通りに戻ったみたい。
 ルシルフルお兄さんもすぐに指先を戻してくれたし。

「・・・・・少しの間だけ、『ここ』に居る事を許してくれ。」
「え、・・・・あっ、はい!」

 ルシルフルお兄さんは私を見てそう言ったけど、でもその目は私じゃなくて私の更に奥、別の誰かに語りかけているようだった。



 あの後、ルシルフルお兄さんと引き離されるようにパパの部屋に連れて行かれて、こってり叱られてしまった。
 ちゃんとあの二人なら大丈夫だよ、って言ってみても、パパは苦笑いをしてジェイドお兄さんは深い溜息を吐いてたけど。
 しかも一人でルシルフルお兄さんたちに近づいちゃいけないって言われてしまった・・・・本当に大丈夫なのになぁ・・・・?
 でもパパ達に心配させてるのもわかってるから、一応次の日はパパと一緒にルシルフルお兄さん達の元に行ってみたんだ!

「ルシルフルお兄さん、朝食持ってきたけど食べられる〜?」
「・・・・あぁ、ありがとう。」

 ドアを開けてもらってびっくり!
 昨日は眠ったまま起きなかったルルーお兄さんが、ちゃんと起きてたんだもの!
 顔色も・・・昨日よりは良さそう。

「兄上、こちらが保護してくださったルーク・コーラル・フリングス嬢と、その養父でいらっしゃるアスラン・フリングス殿です。」
「・・・・貴方たちが・・・・」

 ルルーお兄さんは私たちをみてふんわりと笑ってくれたんだけど、・・・・うわぁっ、この人、なんて綺麗に笑うんだろう!

「このような姿のまま申し訳ありませんが、私と弟を保護して下さり、ありがとうございました。」

 そのお辞儀の仕方がまた凄いんだ!
 何だろう、こういうのをたぶん・・・・たおやかだとか優雅だって言うんだろうな。
 私自身、そういうのできないから凄く羨ましい!
 でももっと驚くのは、これをしてるのがお兄さんだってこと。
 男の人がこんなに綺麗でいいのかな?
 私だけじゃなくって、ちょっと警戒していたパパも思わず見惚れてほぅって溜息こぼしちゃった!

「・・・いえ、お気になさらないで下さい。御身体の調子は如何ですか?」
「はい。少しずつではありますが、元に戻りつつあります。」
「では本調子に戻るまで、どうぞ我が家にご滞在下さい。」

 パパの言葉に、ルルーお兄さんは困ったように笑った。

「そこまでご迷惑をおかけする訳には・・・・」
「いいえ、むしろこれはマルクトからのお願いでもあるのです。その容姿の貴方様がたを・・・・放り出す訳には行かないのです。」

 どういう事だろう?
 パパはやっぱりお兄さんたちの事を知ってるのかな?
 私にはよくわからなけど、お兄さんたちにはパパが言いたいことが伝わったみたい。
 ルルーお兄さんが差し出した手を、ルシルフルお兄さんがすかさず取って、絡まった。
 まるでお互いが離れ離れになる事を恐れるように・・・・。

「・・・・わかりました。ご迷惑をおかけしますが、宜しくお願いします。」
「かしこまりました。早速で申し訳ありませんが、客室の準備が整いましたのでそちらへ移動して頂いてもよろしいでしょうか? この部屋は本来息女の物ですので・・・・」
「あぁ、そうですね。大切なお嬢様の部屋をいつまでも占領している訳にもいきません。案内して頂けますか?」
「朝食の後にご案内致します。まずはこちらをお召し上がり下さい。」

 あ、そうだった!
 朝御飯冷めちゃうところだった!
 ルルーお兄さん、ルシルフルお兄さん、ウチのご飯美味しいからしっかり食べてね。



 それから二人一部屋の客室に移動したお兄さんたちの部屋に、私は入り浸るようになった。
 だってルシルフルお兄さんとはあんまり話さないけど、ルルーお兄さんは私によくお話してくれるんだ!
 私のお気に入りは、魔女が渡したリンゴで眠りに付いたお姫様が王子様のキスで目覚める話。すっごいロマンチックだよね、いいなぁ〜!
 それともう1つ。

「ルーク、こちらへ。」

 その言葉と手招きが合図。
 私が期待に眼を輝かせて近づくと、くるりと後ろを向かされた。

「今日はどんな髪型にしようか?」

 そう言いながら髪を梳いてくれる。
 ルルーお兄さんは、家のメイドさんたちが知らないような可愛い髪形にしてくれるんだ!
 器用だねって前に話したら、髪が長いからねって返された。
 なるほどー。
 確かにルルーお兄さんは髪が長いけど、ルシルフルお兄さんは短いもんね!
 じゃあルシルフルお兄さんは、不器用なのかな?

「毎日髪をいじっていたら、いやでも慣れるよ」

 でもその割には結んでないよね、ルルーお兄さん。
 何でだろ?

「はい、できた。今日はうさぎちゃんお団子だよ」

 サイドに二つのお団子、しかもお団子から長い髪が一房垂れている。
 わぁ! 可愛いな!
 でも何でうさぎ? うさぎさんにお団子ないよね、耳はあるけど。
 ルルーお兄さんの言葉は、時々ちょっと分からない。

 そうして過ごした数日間。
 別れは意外に早くやって来た。

「お兄さんたち、帰っちゃうって本当!?」

 メイドさんから伝言を聞いて慌てて中庭に出てみれば、そこにルシルフルお兄さんだけじゃなく、ルルーお兄さん、パパとジェイドお兄さんと勢揃いしていた。

「・・・・ルーク。あぁ、俺たちはもう還らなければ。」

 いつも通り柔らかく笑ってくれるルルーお兄さん、でも今は悲しいよ・・・・。

「それに俺たちが『ここ』に長く居るのは、双方にとってあまり良くない。」
「そうらしいんだ。だからもう行かなくちゃ・・・。今までありがとう、ルーク。君と過ごした数日間、まるで妹が出来たみたいで楽しかったよ。」

 ルルーお兄さんがそっと抱いてくれた。
 ルシルフルお兄さんも、私の頭を軽く叩く。
 まるで気落ちするなとでも言うように・・・。

「・・・・結局、貴方がたの正体はわからないままでした。その姿からしてある程度予測は付いていましたが、ルシルフルという名前も、ルルーという名前もどこにもありませんでした。」

 ジェイドお兄さん・・・・?

「これは今更過ぎる質問かもしれませんが、・・・・・貴方がたは一体何者です?」
「・・・・時間だ。兄上、」
「わかってるよ、ルシルフル」

 私からは離れていくお兄さんたち。
 そうしてある程度距離を置いたところで、ルシルフルお兄さんがルルーお兄さんを抱きしめた。
 その直後、二人の元に空から光の柱が降ってきた!

「・・・わっ!」

 その光に共鳴するように、ローレライから貰ったペンダントが服の中から出て来て光っている。

「・・・・ジェイド・カーティス。『この世界』で我々の事を探っても無駄だ。俺たちの世界は本来『こちら』と交わらないはずだった。それが思いもがけず繋がってしまったに過ぎない。」

 光に包まれ宙に浮いていくお兄さんたち。
 ちゃんとお見送りしたいのに、光が眩しいよぅ!
 目を開けてられないから、声しか聞けない。

「どういう事です!?」
「そのままだよ。俺の名はルシルフル・・・・ルシルフル・フォン・ファブレ。兄共々世話になった、アスラン・フリングス」
「俺の名前はルルー。・・・・正式には、ルーク・フォン・ファブレ。」

 え! それってどういう事!?
 私の疑問に同意するように、すぐ側から息を飲む音が聞こえた。

「本当にありがとう、もう一人のルーク。君と、君の愛する人たちが幸せになれるよう、祈っているよ。・・・・さようなら」

 直後一際輝いた光に、私はギュッと眼を瞑ってしまった。
 瞼の裏に光を感じなくなって目を開ける頃には、お兄さんたちがいた場所には誰の姿も見えなかった。
 それ以降、お兄さんたちの姿を見た人は私を含め誰も居ない。


 あれから歳を経ても、時々お兄さんたちのことを思い出す。
 お兄さんたちが居なくなった後、ジェイドお兄さんは俄かに信じられ無さそうにしながら彼らについて教えてくれた。

「実に信じ難いことですが、彼らは多分別の世界の人間なのでしょう。特に、ルルーと呼ばれていた方は正式名の通り、ルーク、別世界の貴方です。」

 例えばルークが男だったなら。
 例えばルークがキムラスカに生まれ、そのまま育っていたのなら。
 例えばルークに兄弟がいたのなら。
 そんなIFの世界の住人らしい。

「彼らが私たちの世界に長く居ることは、双方の世界に悪影響を及ぼす・・・・という事なのでしょうね。彼らはそれを分かっていたからこそ、回復次第すぐに元の世界に還った。」

 ルルーお兄さんがもう一人の私?
 信じられないけど、ジェイドお兄さんがそう言うんだ。きっとそれが真実。
 でも突然現れて突然消えて・・・・まるで夢幻みたいな人たちだった。
 でもそうじゃない。
 だって私は覚えてるもの。
 ルルーお兄さんが話してくれたお姫様と王子様の話も、髪を結ってくれた事だって!
 今も時折ルルーお兄さんに教えてもらった髪形にしているのがその証拠。

「・・・・また、会えるかなぁ?」
「会えませんよ。本来会える訳が無いんです。むしろ会えない方が双方にとって良いんです。だから、会えません。」

 しつこく否定するジェイドお兄さんに、私は思わず苦笑してしまった。
 きっと私が余計な期待を持たないようにさせる為なんだろうけど・・・・。

「でもピオニーやサフィールお兄さんにも会わせたかったなぁ!」
「あっちの世界にも、ピオニーや洟垂れは居るでしょう」
「私の世界のピオニーとサフィールお兄さんに会わせたかったの!」
「止めて下さい。そんな事をすれば騒がしくなる事は目に見えています。」

 そうだけど、それって物凄く楽しそうじゃない?
 きっとサフィールお兄さんは異世界について興味を持つと思うし、ピオニーはルシルフルお兄さんと上手くやれそう。
 でも、ルルーお兄さんとはどうなのかな?
 ピオニーは儚げなもう一人の私を見て、どうするんだろう。
 扱いに困る?
 それともやっぱりすぐに仲良くなれる?
 想像するとちょっと笑えるかも!

「やっぱり、今度会えたらピオニーたちにも会わせたいなぁ!」
「・・・・・・勘弁して下さい。」

 がっくりと項垂れるジェイドお兄さん・・・・でもね、私知ってるんだよ?
 そんな仕草をしたって、実際その時になればジェイドお兄さんだって悪乗りして騒動を拡大させる要因になるんだって。
 パパも、私とピオニーに害が無ければ基本放置だからなぁ〜?
 うー・・・ん、後の事を考えるとちょっと怖いけど。

 でも否定できないでしょう?
 ね、ジェイドお兄さん!


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