sleep the sleep of the just 2


「・・・クリムゾン、ルークの調子はどうだ?」
「未だ意識を取り戻したという報告は聞きません。」
「そうか」

 突然意識を失ったルークをクリムゾンは隠し部屋から連れ出し、今は王の厚意から客室を一室借りて眠らせている。

「もしかしたらナタリアとの接触で何か思い出したのだろうか・・・・?」

「あり得ませんね、そんな事。」

 インゴベルトの思案にくれた言葉は、突然聞こえてきた第三者の声が返した。
 クリムゾンが一瞬にして剣を抜き、インゴベルトを背に庇う。

「嫌ですねぇ、そんなに邪険にしなくとも!」

 本棚の影から現れた人間同様、クリムゾンも不満そうに顔を歪めた。

「貴様・・・蝙蝠か! 陛下の許可なしに執務室に入るとは・・・・っ」
「むきぃいいいい!!! ダアトの奴らは死神と言うし、キムラスカは蝙蝠ですか!? いいですかっ? 何度も言いますけど私は死神でも蝙蝠でもなく、薔ッ薇!!!」
「よい、クリムゾン。剣を収めろ」
「ッ」

 王の言葉に逆らえず、クリムゾンは悔しそうに剣を鞘に戻した。(ただしその手は柄から離れなかったが。)

「すまないな、ネイス博士。だが次からはちゃんと取次ぎしてから部屋に入って来てくれたまえ」
「これは失礼を、キムラスカ王」

 些か芝居がかった仕草で一礼する銀髪の男・・・・・サフィール・ワイヨン・ネイスは譜業に関しては右に出る者はいないと言われている研究者で、ナタリアの命を繋ぎ止めている譜業も彼の力を借りて動いているような物であり、実質彼はナタリアの主治医みたいな者だった。
 譜業と言えばファブレ公爵領のベルケンドが有名なのだが、それでも彼の頭脳を越せる者はいず、結局部外者である人間に王女の命を預けてしまっている事にクリムゾンはとても悔しく思っており、彼らが会う度に友好的な雰囲気などなろうはずもなかった。

「それで、ネイス博士。貴方は一体何を掴んだ?」
「何を・・・・って何をです?」
「ふざけるのも大概にしておくことだ。お前はルークに記憶が戻らない事を嫌に強調したな。何を知っている!?」

 クリムゾンの威嚇にも、彼は不気味な笑い声を上げた。

「ククッ、ハーハッハッハ!!! 『何を知っている』? えぇ、知っていますとも! それはもう、色々ねっ」

 心底愉快そうに笑い続ける男に、思わずクリムゾンは剣を抜きかけるが、インゴベルトの鋭い視線に何とか踏みとどまった。

「ネイス博士。貴方の知っている事を教えて欲しい。」
「見返りは?」

 あっさりと返された言葉に、クリムゾンは怒りで唸った。

「貴様っ・・・・!!!!」
「何ですか? この世は何事もGive & Take に決まってるじゃないですか!」

 その思考自体がクリムゾンから『蝙蝠』と呼ばれる原因になっているのだが、サフィールはそんな事少しも考えてついていないようだった。

「ネイス博士、貴方に王女を繋ぎとめる譜業装置を作ってくれる代わりに、我々は貴方の研究に対し多額の資金援助をしたな。それとは別件で、となるのだな?」
「当たり前でしょう! アレはアレ、コレはコレです。」
「では、今回の要求は何かな?」

「ルーク・フォン・ファブレとナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアに対しての研究許可とその情報収集。」

 その言葉についにクリムゾンは動いた。
『剣を収めろ』という王の言葉があるので、仕方なしに鞘をつけたまま剣で男を薙ぎ払った。
 だがサフィールもダアトでは六神将と称される人間の一人(しかも逃げ足と生命力だけは定評がある)、どこか焦った表情をしながらもクリムゾンの薙ぎ払いを避けた。

「よせっ、クリムゾン!!」
「ですが陛下! これはまさに我がキムラスカに対する侮辱っ」
「わかっておる。とにかく落ち着けクリムゾン、」

 クリムゾンは渋々鞘のついた剣を腰に差し戻した。
 その姿に、サフィールとインゴベルトは別々の意味で安堵の溜息を吐いたのだった。

「・・・・ネイス博士、では聞くが、その研究に命の危険を伴う事は?」
「・・・・たぶんないんじゃないですか?」
「推測ではなく断定しろ。」

 クリムゾンに鋭く威嚇されたサフィールは、「ヒッ!?」と恐怖の言葉を零しつつ、仕方なしに頷いた。

「わかりました。命の危険なんてこれっぽっちもありません! これは研究者としての意地と誇りに誓えます!」
「その情報を他国に漏らすことも止してもらおうかな? でないと許可はあげられない。勿論、君の上司や部下にも、私人関係にもだ。」
「・・・・・・・わかりましたよ!」
「よし! 君は誓った。私たちは言質を取った。もしこの誓いが破られるようなら、キムラスカを敵に回す事になるから、しっかり守ってくれたまえ」

 にっこりと含みのある笑いを浮かべたキムラスカ王に、サフィールは思わず頬を引きつらせたが、何とか頷いて見せた。
 ここで守れなかったら、対価は自分の命だ。(いや、幼馴染同様そんなあっさり殺してくれるような人間だろうか。この目の前の2人は!)

「サフィール・ワイヨン・ネイス博士。君にルーク・フォン・ファブレとナタリア・ルツ・キムラスカ・ランバルディアの研究を許可しよう。但し、その際は監視を付けさせてもらう」
「監視・・・?」
「いや、何。ただのメイドだよ」

 格闘戦も弓の扱いも完璧な、第七音譜術士のメイドを一人。

「彼女に君が約束を守っているかどうか監視させる。大丈夫、邪魔はしないよ(たぶん。)」
「ならいいんですけどね・・・・」
「それじゃ、洗い浚い話してくれないかな? 君の知っている事全部。」
「ぜ、全部!?」
「当たり前だよ。でなければ我が国の大切な、とても大切な後継者たちを取引に使うはずもないだろう? 隠す素振りを見せれば、クリムゾンにお願いして少し乱暴に聞き出すか、それとも研究許可を取り消すかのどっちかになるけれど、それでもいいのならどうぞ?」
「・・・・・・・・・・・ま、いいでしょう。私は今とても機嫌がいいですからね!」

 インゴベルトの容赦のない言葉に、サフィールは視線を遠くにやり、冷や汗を浮かべながら頷いた。

「それじゃ、何で君はあんなにもルークに記憶が戻らない事を強調できたのかな?」

「簡単ですよ。あれは貴方がたの知る『ルーク・フォン・ファブレ』ではない。彼を基にしてできたレプリカですからね」

 記憶なんて持っているはずもないんですよ。

 あっさりと爆弾発言しやがった研究者に、思わずインゴベルトもクリムゾンも口元を引きつらせた。
 どうやら『今』のルークは5年前に生まれたばかりの完全同位体とされるレプリカらしく、彼を作ったのはヴァンの命令で実行したのは何を隠そうサフィール自身なのだと言う。(これを聞いた時クリムゾンは、『こんのクソ蝙蝠がぁああああ!!!!!』と剣を抜いて斬りかかりそうだったのを、インゴベルトが報復はいつでも出来るからと必死で宥め、先を促したのだった。)
 どうやらそのレプリカルークと、ナタリアの間に『道<リンク>』が出来ていたらしい。
 レプリカルークを媒介にして、ナタリアがエネルギーを摂取して急速に回復しつつあること。
 レプリカルークが意識喪失する寸前聞こえてきた女の子の声というのは、おそらくナタリア自身だという事。
 レプリカルークが意識喪失したのは、ナタリアにエネルギーを一度に大量に持っていかれたのではないかと言う事。

「・・・・・・・それは、本物のルークにもできることなのか・・・・・・・?」

 頭痛を感じるこめかみを押さえながら、インゴベルトは唸るように問いかけるが、サフィールは首を横に振った。

「無理でしょうね。大体一度オリジナルだって王女とひき会わせているんです。その時に何も起こらなかったんだから、今も起こらない確率の方がかなり高いですね。むしろ『今』のルークが第七音素で作られたレプリカだからこそ、彼女と呼応したのかもしれません。彼女もまた、第七音譜術を使用する資格があるようですし。レプリカルークがナタリア王女の媒介となり、彼女の代わりにエネルギーを外から供給する事で、打つ手の無かった彼女の身体状態は確実に回復に向かっています。彼から明け渡されるエネルギーはお互いが近くにいればいるほど、大きくなる。もし、彼女を本格的に覚醒させたいのだったら、王女とレプリカルークを出来る限り離さない事です。王女と意思疎通できるのも、彼だけのようですしね」

 興味深い、と呟きながら目を輝かせるサフィールに、クリムゾンは眉間の皺をさらに増やしながら問いた。

「ルークのレプリカを作り出したヴァンの狙いは何だ!?」
「知りませんよそんな事。興味ありませんしね!」
「では、本物のルークは今どこにいる?」

「あれ、言っていませんでしたっけ? ダアトにいますよ。ヴァンに連れられて今じゃ特務師団長最有力候補として結構有名です、・・・・・・・・・・・名を『鮮血のアッシュ』と」

 首謀者であるはずの『ヴァンに』『連れられて』?
 抵抗もせず、従って、しかもダアト神託の盾騎士団特務師団長最有力候補?
 クリムゾンは自分の中でブチッと何かが切れる感じがした。
 同時にあれほど眉間に皺を寄せ、怒りで顔を歪ませていたクリムゾンの表情が、まるで能面のように無表情になった。

「・・・・・・・・・陛下。」
「何だ、クリムゾン?」
「今すぐルークの継承権及び戸籍を抹消してください。そして今のルークをファブレ次子として迎え入れ、彼にこそ継承権を。」
「待て、頼むから落ち着けクリムゾンっ!!」
「私はとても落ち着いていますとも、陛下」
「お前全然落ち着いていないだろう!?」
「まさか我が誇り高きキムラスカ・ランバルディアの王族と姻戚関係にあるファブレ一族から国を裏切り他国に亡命した人間など、そんな息子を持った覚えはありませんし、もはや息子ではありません。一族から破門にします。」

 クリムゾンは一度決めたら頑として譲らない。
 それがキレている時なら尚更だ。
 インゴベルトはますます頭痛が酷くなってきて、半ば現実逃避してきたくなったが、施政者としてそれは許されない。

「もしかしたら、ルークはヴァンから逃れるその瞬間を狙っているのかも知れぬだろう?」
「特務師団長になって、ですか?」
「隊長になったら、それなりに融通が利くのではないかね?」
「そうだとしても、ダアト側から見たら今度は上司が自分たちを裏切りキムラスカに寝返ったと思うわけですな?・・・・・・ハッ!」

 思わず鼻で笑うクリムゾンに、インゴベルトはもはやなりふり構わず頭を抱えた。

「ダアトの関係がこじれますな。思いっきり!」
「あぁあああ・・・・・・っ」
「第一国を裏切り、仲間を裏切り、部下たちを裏切り、国に舞い戻ってきた次代の王など、私だったら忠誠を誓う気にもなれませんな! 信頼がおけぬ、人望もない、本当の政治に関わった事もないのに、いきなり王!? あり得ませんね」
「お前・・・・それ自分の息子だぞ・・・・?」
「だからこそです。私は期待していました、あの子がよい施政者になるようにと! 例え預言に死を詠まれていようとも、願わくば民とともに生きることが出来る良き王となるようにと! だが、実際は違った。シュザンヌも誇り高きキムラスカ・ランバルディアの王族の一人として私と同じ意見でしょう。幸いもう一人のルークは、まだ荒削りながらも才はあります。育てていけば良き王となるでしょう」
「だがな・・・?」
「では陛下。貴方だったらそんな王に後のキムラスカ王国を任せる気になるので?」

 そう言われてしまえば、ぐうの音も出ない。
 はっきり言ってしまえば、激しく不安だ。
 クリムゾンは家族として愛しているからこそ、息子の行動が許せないように、インゴベルトも甥っ子を愛しているからこそ、何とか取り持とうとしているのだ。

「・・・・・・・・だがクリムゾン、ルークが本当に特務師団長となるかどうかわからないんだぞ? もしかして辞退するかもしれないだろう」

 そして隙を突いて帰ってきてくれればいいのだが・・・・・。

 何とかその場はクリムゾンを抑えたのだが、インゴベルトの希望もむなしく、後日蝙蝠ことサフィールにもたらされた情報には、オリジナルルークが特務師団長になったという報告が含まれていて、これにクリムゾンとシュザンヌは大いに怒り、結局2人に押される形でオリジナルルークの継承権は放棄され、レプリカルークへと移ることになった。




 あれから2年後―――。
 ルークは父親である公爵と王の下で政治を学び、剣を学び、そしてなるべくナタリアの近くに在った。

「おや、機嫌が良さそうですねレプリカルーク」
「貴様・・・蝙蝠か・・・」
「薔薇ですよ、バーラー!! 全く貴方たち親子は本当にムカつきますねっ」

 王族専用の隠し部屋で、ルークは腕に眠ったままのナタリアを抱きかかえ、ベッドに背を預けていた。

「余裕ですね、預言ではもうすぐ貴方が死ぬとされている歳なのに。」
「違うな。俺じゃない、『オリジナルの死ぬ日』だ」

 国を、ナタリアを裏切った罪は重い。
 せめて最後くらい俺たちの役に立ってもらおうじゃないか。

 薄っすらと笑みを浮かべて酷薄な光を宿すルークに、サフィールは肩を竦めた。

「貴方本当に政治家向きになってきましたねぇ」
「政治家向き、ではなく王になるんだ。大切なモノを守るためには、綺麗事ばっかり言ってられないだろ?」
「その通りなんですがね・・・・、っと、もうそろそろ時間ですよ」
「わかっている」

 ルークが常に側にいてエネルギーを供給していたおかげか、この頃にはナタリアも少しの間だけなら目を覚ましていられるようになっていたのだ。
 ゆるゆると開いていく瞼に、その下から輝きを見せる翠の瞳。
 ルークは先程とは打って変わった甘い笑みを浮かべ、優しい手つきで赤い髪を撫でながら、目を覚ましたナタリアに声をかけた。


「おはよう、ナタリア」


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