ルークは今現在、最悪に機嫌が悪かった。
それもこれも、ダアトの神託の盾の軍服を着た女が邸宅に襲撃してきてからだ。
襲撃を、被害者である(しかも他国の王位継承者の)ルークを巻き込みながら、『個人的な理由』と言い切れるおめでたい頭の持ち主に何度剣を抜きそうになった事か。
それに加え、一秒でも早く本国に帰らないといけない身のルークがさっさと歩き始めれば、やれ「勝手に行動するな」とか言うし、敵と相対すれば「敵よ! 戦って」「詠唱中なのに何で守らないの!?」と難癖をつけてくる。
そのあまりの非常識っぷりに、思わず俺ってレプリカだけど王位継承者だよな、と自問自答したくらいだ。
そんな女が辻馬車を確保した時はほんの少しだけ見直したものだったが、すぐに後悔する事となった。
自国にいるはずのナタリアと自分を繋ぐ『ライン』が、より細く、より薄くなるのを感じたからだ。(すぐ側にいた時は、しっかりと『ライン』が繋がっていたのに、今にも切れそうなほど薄い!)
慌てて目的地を質せば、首都は首都でも敵国の首都とは!
その後もエンゲーブでダアトの導師の単独行動に巻き込まれるし(まあこれは、同時にキムラスカの食糧問題ともなるから別にいいが)、和平の使者とは名ばかりのマルクト軍人に捕まるし。
またもや神託の盾に襲われるし、突如現れた馬鹿な使用人は身分を弁えないし、再会した導師守護役は公然と媚を売ってくるし・・・・・・!!
とにかく、ルークの機嫌は最悪だったのだ。
ようやく着いたカイツールで、オリジナルのアッシュが襲撃してきた瞬間、全力で回し蹴りを食らわす位には最悪だった。
「貴様、俺に剣を向けるとはいい度胸だ。勿論、死ぬ覚悟はできてるんだろうなぁ?」
無様に吹き飛んだアッシュを、凄惨な笑みを浮かべながらルークは見下ろす。
「く、屑がッ・・・・!」
「え、何。不敬罪も加えたいのか。俺は別に構わないぞ? どうせ貴様に残された道など、死しかないのだから」
ハハハハハ、と実に朗らかな笑い声を上げながら、ルークは動けぬアッシュにもう一度足を振り上げた。(その際ルークは、あばらの一本や二本折れたぐらいで動けなくなるとは、貴様本当に軍人か? と問い質したくなった。)
再びアッシュは面白いくらいに吹き飛び、唖然とする国境を守るマルクト兵士を通り抜け、いつの間に集まっていたのだろう、キムラスカ側で待機している多くの兵士達の間にごろごろと転がりこんだ。
「諸君、不正入国者だ! 逃がさぬよう、捕らえよ!!」
「了解!!」
ルークの言葉に多くのキムラスカ兵が即座に応じ、アッシュは抵抗の間もなくぐるぐると拘束され、引きずられていった。
その姿が完全に見えなくなったところで、今まで呆然と成り行きを見守るしかなかったティアたちが声を張り上げた。
「ちょっと、ルーク!!?」
「何だ、文句があるのか?」
「文句があるも何も、いきなり酷いじゃない!」
「酷い?」
ティアの言葉に、ルークは思わず鼻で嗤った。
「何が酷いと言うんだ。アイツは一度ならず二度までも、キムラスカ第三王位継承者である俺に剣を向けたんだぞ。一度目はタルタロスで、二度目は今。さらに俺を屑呼ばわりする・・・・不敬罪が適応されるな。しかもダアトの軍人の癖に、他国で騒ぎを起こす。マルクトに許可を得て自由にこの地を行き来してるのか知らないが、あの男はさらにキムラスカへの不正入国を果たした。」
「それは・・・・っ! でも最後のは貴方がアッシュを蹴ったからじゃない!!」
「軍人の癖に、たかが貴族のお坊ちゃまの攻撃を避けきれない軍人の方がどうかしてる。なぁ、そうだろう? タルタロスの事はマルクトに任せるとして、今回の事はキムラスカから正式にダアトに抗議文を送らせて貰う。ファブレ邸宅への襲撃も同じくだ。少しでも指導者としての自覚があるなら、庇う真似はするなよイオン。・・・・あぁ、我がキムラスカと戦争でも起こしたいならどうぞ庇ってくれ。こちらもそれ相応の対応をさせてもらう。」
己を世間知らずの非力なお坊ちゃまだと隠しもせず言い切る彼らに当てつけるように笑みを深めるルークに、ジェイドとガイは眉を顰め、ティアとアニスは思わず一歩下がり、イオンは項垂れた。
「ルーク様、」
国境の向こう、キムラスカ側で表情を厳しくさせながらルークの帰還を待ちわびるアルマンダインたちに、ルークは小さく溜息を吐いて国境を越えるべく歩みだす。(もうすぐだ。もうすぐキムラスカ、ここまで来るのに実に長かった!)
そのルークの歩みを、マルクト側の国境の兵士達が慌てて止めた。
「お、お待ち下さい・・・!」
「何だ?」
目の前に相対するのは、どう見たってキムラスカ王族の特徴を有する青年だ。
しかも後方から感じる自分達への視線は、彼に声をかける事によって一気に殺気だった。
それが意味するものを瞬時に理解し、彼らはごくりと唾を飲み込む。(ここで対応を間違えれば、即戦争となりかねない!)
「こ、国境を御通りになるには、旅券か通行を許可する証明書が必要になります・・・!」
「・・・・・あぁ、」
そういえばそうだった、と呟きながら、ルークがごそごそと懐を探すと一枚の紙が出てきた。
それに兵士達はホッと息を吐く。
「これでいいか?」
「ハッ! ありがとうございます。どうぞ御通り下さい!」
「ちょ、ちょっと待ってくれ! ルーク」
国境を守る兵士たちの間を無事通り抜けたルークを追ったガイだったが、彼はマルクト兵に止められた。
「ルーク、俺たちの旅券は・・・!?」
ガイの言葉に、ルークはあからさまに顔を歪めた。
「はぁ? ある訳ないだろう、そんな物。」
「ルーク!」
「大体、俺の分は旅の途中で伝書鳩を使って急ぎ取り寄せた物だ。途中から合流したお前の分など知るものか。俺は一刻も早く帰らなければならない。陛下からもそう御達しが来ている。お前達が旅券を獲得する無駄な時間など、付き合う義理も無い。とりあえず、お前達が旅券を確保したらバチカルに来られるよう手配はしといてやるが・・・・・。」
ルークは冷たい眼差しをスッと細めた。
「そもそも、密命だか何だか知らないが旅券を持っていない使者などありえないし、俺を探すと言う名目があったとしても、旅券を持っていなければマルクトへの不正入国だぞガイ。お前がバチカルに戻ってくるとしたら、その取調べを受けて釈放された後だ。」
まぁ戻ってきたとしても、ファブレ邸の使用人としては終わりだ。
彼のルークに対する不敬罪と職務怠慢は、十分解雇理由になる。
またティアが再びキムラスカに入国したその時は、アッシュ同様拘束する事になるのだが、本人は自分が犯した罪の重さを未だに自覚していないだろうから、きっと平然と入国するに違いないのだ。(何て愚かな。)
彼女に関しては、ルークもインゴベルト王もファブレ公爵も・・・・決して許す気などない。
ダアトもマルクトも、本当に質が落ちたものだ。
ルークは不平不満を漏らす同行者達の声を聞き流しながら、ようやくキムラスカへと入国できた。
今まで非常識な人間達のルークに対する言動に、すぐ近くに居るのに国境の為手出しが出来ずヤキモキしていたアルマンダインたちは、ようやく帰還できたルークに一斉に跪いた。
「無事のご帰還、お喜び申し上げます!」
「あぁ、本当に疲れたよ・・・・アルマンダイン将軍。」
深く溜息をこぼすルークに、アルマンダインは彼を心身ともに消耗させた人間達を鋭く睨みつけた後、ルークに奏上した。
「御疲れでしたら休める場所にご案内します」
「いや、その気持ちだけで嬉しいよ。だが陛下は一刻も早く俺の帰還を望んでいらっしゃる。俺の気持ちも同じだ。疲れていようが、早く帰らなければ。」
「了解いたしました。それでは辻馬車を用意しておきましたので、そちらへ。軍港まで、我々が護衛いたします」
「感謝する、アルマンダイン将軍。」
アルマンダインに先導されながら、ルークはふと空を見上げた。
音譜帯がよく見える。
この空の続く所に、『ライン』が伸びている。
一時期よりしっかりしてきたし、濃くもなってきているが、それでもまだ不十分だ。
バチカルで眠り続けるナタリアの容態が、心配でならない。(彼女の事を考えなかった日などなかったほどに。)
「・・・・・・・ナタリア」
小さく呟かれた愛しき者の名は、空気に溶けた。
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