ルーク7歳、ピオニー24歳  『志士。』


「ルーク」

 キムラスカとの異例の会談が終わった日の夜、ピオニーはバチカルの城に用意された少女の部屋に忍び込んだ。(ファブレ家はルークを自宅に招きたがっていたが、客室はあっても家族の一員として少女が泊まれる様な部屋を用意しておらず、残念そうに帰っていったのだ。)
 だがルークは、今日一日で武闘大会に出たり会談に顔を出したりと色々あったせいで疲れたのか、既にベッドで寝息を立てていた。

「・・・・・ルーク」

 その姿を見てしまうと起こす事はできず、だがどうしても聞きたいことがあるのでピオニーも引くに引けず、吐息にも似た小さな声で少女の名を呟くだけだ。
 だが少女はその声に反応したのか、何度か寝返りを打つと、ゆっくりと瞼を上げたのだった。

「・・・・・・・ぴおにー」
「悪い、ルーク。起こしちまったな」
「・・・・うぅん、大丈夫。どうしたの、こんな夜更けに・・・・・」
「お前に、どうしても言っておきたい事があったんだ。」

 瞼をこすりながら上体を起こそうとする少女を、ピオニーは優しい手つきで起こしてやった。
 そうしてそのままルークを自身の腕の中へと抱きしめる。

「言っておきたい事・・・・?」
「覚えているか? 2年前、俺が初めてお前に気持ちを伝えた時の事を。」
「うん、覚えてるよ! 忘れる訳ない!」

 そこまで言って、ルークはハタと気づいた。
 その様子に、ピオニーは柔らかな笑みを浮かべ、大きな手でゆっくりと少女の髪を何度も梳く。

「もしかして・・・・・」
「そう。そのもしかしてだ。今日、一応お前に確認したとはいえ、婚約の話をしただろう?」
「うん。パパたちは驚いてなかったけど、父上たちはすっごく驚いてたね」
「あいつらは俺たちの事を知っているからな。」

 ピオニーはそこで一度言葉を止めると、少女の髪を梳いていた手を止め、ルークの小さな顎に手を添えて、彼らはとても近い距離で見つめあった。

「今日が、2回目だ。俺は男として、そして他ならぬ皇帝となる者としてお前に告白する。ルーク、俺はお前が愛しい。2年前よりもさらに、お前が愛しくて堪らない。昨日よりも今日、今日よりも明日と、日々輝きを増すお前を誇らしくも思う。」

「ピオニー・・・・」

「同時にお前の存在は俺に・・・・マルクトに必要だ。お前と結婚する事で、キムラスカとマルクトはより良い関係を築いていけるだろう。俺はな、ルーク。皇帝として即位したら、俺の伴侶は顔が綺麗なだけの御飾りの皇后などいらん。他人に流されるままの女はいらん。中途半端な知識で政治に口を出してくる小賢しい女もいらん。万が一の時、民や王である俺にだけ戦わせて守られるだけの女もいらん。そしてこれが何より重要なことだが、・・・・民を愛せぬ皇后など、民に愛されぬ皇后など、俺は皇妃に据えたくもない。皇帝と皇后、国の子である民を愛し、お互い守り守られ常に傍にある存在が、俺は欲しい。」

 真剣な表情で、あえてプレッシャーをかけるような言葉をピオニーは少女に向ける。

「だが、ルーク。お前ならそれができると・・・・・俺は思っている。」

 ルークもまた、強い意思を秘めた目で、ピオニーの青い目を見つめた。

「ルーク。俺は、お前が欲しい。」

 その告白は、一回目よりもさらに現実的にルークに突きつけられた。
 男として愛しいだけでなく、皇帝としてキムラスカの姫であるルークが欲しいと、彼は言っているのだ。
 しかも彼が求める伴侶の理想は、冗談抜きで高すぎる。
 だが今まで戦いと裏切りを常とする宮殿で生き残るには、それぐらい必要なのだろう。

 ルークは一度瞑目して考え込んだ。
 彼女自身、自分がそんな人間に慣れるかどうかもわからない。
 それでも。
 自分の心はこの男の力になりたいと訴える。
 彼の支えになりたい。
 彼と共に歩みたいと!

 ルークはゆっくりと瞼を挙げ、もう一度自分を見下ろすピオニーに視線を合わせた。
 そうして、花が咲き誇るような笑顔を浮かべ、口を開いた。

「その告白、謹んでお受けいたします。未来の皇帝陛下」
「・・・・・・ルーク。」

 その言葉に、ピオニーが切なげに眉を寄せた。
 そして震える指先で少女の手を持ち、自身の口元に寄せキスを落とす。

「・・・・・・すまない。お前には、きっと、必ず辛い思いをさせる・・・・・。それでも、俺はお前がいい。ルークが、いいんだ・・・・!」
「辛くても大丈夫だよ。だってピオニーが傍にいてくれるもの。ねぇピオニー。怖がらないで、恐れないで。ルークはいつだってピオニーの傍にいる。今はまだまだ未熟だけど、ピオニーが望むような女に、必ずなってみせるから!」
「ルーク、ルーク・・・・! 俺は怖いっ、民を愛している、守りたいと思う! でも俺の言葉一つで、国が動く。本当にこうするのが正しいのか、間違っているんじゃないかといつも思うんだ。俺の行いこそ、民を虐げているのではないかと」

 いつもは自身溢れる男が、少女を抱きしめ縋りついている。
 ルークもまた、彼を支えるように背に腕を回した。
 ピオニーがいつも泰然自若としているのは、そうしていなければならないからだ。
 国の頂点に立つ者が、慌てて情けない姿を見せれば守るべき民は不安に思うだろう。
 そういう意味では、彼は例え幼馴染であるジェイドやサフィールにも、このような弱音を吐く姿を見せないのだろう。
 ・・・・・・・見せることができないのだ。
 彼らもまたピオニーの守るべき民だから。
 だがルークは、ピオニーの守るべき民でありながら、隣国キムラスカの姫であり、そして皇后候補だ。
 近い将来皇帝となるピオニーが真に心開く人間は、もしかしたらルークしかいないのかもしれない。

「だからルーク、俺が間違っていたら俺を止めてくれ! 俺に力が足りなかったら、俺に力を貸してくれ!」

 その後に続くはずだった言葉を、ピオニーは無理矢理心内に止めた。
 今はまだ、言うべき言葉じゃない。

『俺を裏切らないでくれ。』

 それは、最後の告白の時こそ告げていい言葉だと思ったから。
 だがルークはその言葉さえも無意識に悟って、ピオニーの胸にさらに擦り寄った。

「ルークは、ピオニーの傍にいる。ピオニーが誤った道を歩もうとしてたら、ルークが止める。ピオニーだけの力じゃ足りないなら、ルークの力を貸してあげる。・・・・・あんまり、役に立たないかもしれないけど、・・・・・・それでも、ルークはピオニーの傍に。」

 そうして、囁く。

「ピオニー、大好き。」

 少女の純粋な告白に、ピオニーはくしゃりと顔を歪める。
 腕の中にいるルークをきつく抱きしめ、彼も囁いた。

「あぁ。俺も、愛しているよ。俺の小さなお姫様、・・・・ルーク。」


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