双子7歳、アスラン21歳、幼馴染24歳、クリムゾン40歳、シュザンヌ33歳  『決闘。 4 』


 室内は、微妙な沈黙に支配された。
 キムラスカ側は驚いているのか動揺しているのか、リアクションはない。
 それにピオニーが気づかれないよう小さく溜息を吐いた直後、今まで人形を抱きかかえながら事態を静観していたファブレ公爵夫人・・・・シュザンヌが口を開いた。

「・・・・・息女にとって、私達が見知らぬ人間だという事は重々承知しております殿下。息女にとって、マルクトこそが自国。フリングス中佐こそが親。例え血が繋がっていなくても、彼らは確かに親子であったと・・・・報告を受けています。」
「シュザンヌ・・・・」

 努めて冷静であろうとする妻を気遣うように、クリムゾンは彼女の手をそっと包み込んだ。

「それでも一目と・・・・願ったのです。息女にとって親はフリングス中佐だけでしかなくとも、私達の事も知っていて欲しい。できることなら、再び親子として共に在りたいと・・・・。」

「公爵夫人、貴女の願いは知っている。だが私が真に言いたい事は、ルーク嬢は物ではないと言う事。先程から貴方がたキムラスカの話を聞いていると、ルーク嬢の意思に関係なく帰国を命じようとしている。確かに、王族としてそれは当然の事かもしれないが、彼女は王族として育てられた訳でもなく、つい最近までその事実を知らなかった。平民として王族に従わなければならないと言うのもあるが、所詮隣国の王族。自国の王族・・・・この場合私を指す事になりますが、私を除け者にして話し合う事ではない。・・・・どうだろう。彼女が一体どうしたいのか、貴方がたは聞く気はないのか?」

 政治など一切絡まない、少女の気持ちを。
 ピオニーがじっと彼らを見つめれば、シュザンヌは泣き笑いのような笑顔を浮かべた。

「・・・そう、そうでしたわね。私たちは政治や自分たちの事ばかり気にしていましたが、息女の気持ちを考えていませんでしたね。殿下、お願いしたい事があります。」
「何でしょう?」
「いつか息女と会わせて頂けませんでしょうか。あの子の口から、あの子の気持ちを聞きたいのです。」
「いつか、と言わず、呼び出せばすぐにでも可能ですよ公爵夫人」
「え?」
「少し待って頂きたい。」

 ピオニーがサフィールに目配せをすると、彼は一礼してから室内を足早に出て行った。

「今、ネイス博士に連れてきてもらいます。」
「まさか・・・・いるのですか! あの子が、息女がこのキムラスカに・・・・!?」
「えぇ。我々がキムラスカに来て当の本人がマルクトで留守番というのでは、話になりませんよ。」

 それに自分たちがいない間に、ルークに手を出されないかと心配でもあった。

「・・・キムラスカ王、マルクト皇太子殿下、ルーク・コーラル・フリングス嬢をお連れしました。」
「ん? 意外に早かったな・・・入れネイス博士」

 緊張に包まれるキムラスカとは対照的に、マルクト側はどこまでもマイペースだ。
 そうして、サフィールがエスコートしている小さな少女が姿を現した。

「あ。」

 キムラスカ側で、誰かがそう声を漏らしたのがわかった。
 朱金色の髪(それは、色素は薄いがキムラスカ王族特有の赤い髪)、キラキラと命の明るさに輝く翠の瞳(これもまた王族特有の翠の目)が彼らの目に映った。
 そして何より、シュザンヌの小さい頃を知っているものなら誰もがその血縁関係を疑わないほど、彼女はシュザンヌの小さな頃に姿が似通っていた。

「あ! パパ! ジェイドお兄さんも! ピ・・・じゃなくて皇太子殿下までっ! ・・・えっと、ルー・・・・でもなくて、私が呼ばれたのって一体?」

 ただし、性格の方はあまり似通っていないようだった。
 シュザンヌが大人しい姫君であったのに対し、彼女は見るからに活発そうだ。
 少女が嬉しそうに父親であるアスランに抱きつくと、アスランとジェイドの2人から頭を撫でられた。

「(畜生! 羨ましいぞアスランにジェイド!!)・・・・ルーク、まずは彼らに挨拶してくれ」

 にっこりと笑んだピオニーの言葉に、少女はようやく気づいたといわんばかりに、テーブルの向こう側・・・・驚きに身を硬くさせたキムラスカ側へと視線を動かした。

「あ、申し訳ありません!! えと、私はマルクト帝国軍所属アスラン・フリングスの息女、ルーク・コーラル・フリングスと申します。以後よろしくお願い致します」

 登城するという事で白い可愛らしいドレスを着た少女は、スカートをつまんで礼をした。

「あ、あぁっ。私がこのキムラスカの王、インゴベルト六世だ。隣が内務大臣のアルバインと、ファブレ公爵夫妻だ」

 少女が嬉しそうにアスランを『パパ』と呼んだ事や、自分ではっきりアスラン・フリングスの息女と言い切った事に戸惑う中、キムラスカで一番先に我に返ったのはやはりインゴベルトだった。

「さて、挨拶も済んだことだし・・・・この子がルーク嬢だ。ルーク、彼らはお前に聞きたい事があるそうだ。素直に答えよ」
「はい。かしこまりました、皇太子殿下」

 ピオニーの命令に素直に頷くと、少女は真っ直ぐな瞳でキムラスカ側を見つめた。

「私に答えられる事でしたら、どうぞお聞き下さい。」

 その言葉に、まずクリムゾンが立ち上がってルークに近づくと、少女の目と同じ高さまで屈んだ。

「私はキムラスカ・ランバルディア王国の恐れ多くも公爵の地位を賜っているクリムゾン・ヘアツォーク・フォン・ファブレだ。・・・・・皇太子殿下から、自分の出生を聞かされたか?」
「はい。私がキムラスカ王族と連なる可能性があるというお話は拝聴しました。」
「可能性ではなくなった。・・・・ルーク、其方はキムラスカ王族の一員であり・・・・私と、シュザンヌの、・・・・もう一人の子供である事が証明されたのだ。」
「それは・・・・」

 クリムゾンの言葉に、少女の気持ちを表すかのように、ルークの目が揺らいだ。

「私達としては、其方をキムラスカへ・・・ファブレ家へ迎え入れたいと思う。だがマルクトで育った其方にとって、キムラスカは異邦の地。マルクトには、其方を育てたフリングス中佐も居る。そこで、私は問いたい。其方は、どうしたい?」
「どう、とは?」
「キムラスカに来てくれるか、マルクトに残るか・・・・あるいはまた違う道を選ぶか。」

 少女は難しい顔で黙って考え込む。

「・・・・正直に話してもよろしいのですか?」
「あぁ。頼む」

「・・・・正直言って、いきなり自分が王族だって言われても私にはわかりません。キムラスカの事だって何も知らないし、ファブレ公爵夫妻の事だってそうです。私が育ったのはやっぱりマルクトで、私を育ててくれたのは、アスラン・フリングスを始め皇太子殿下や色んな人たちです。でもたぶん、そうは言っても自分が王族だって言うことには変わりないし、それはファブレ公爵夫妻の子供だって言うことにも変わりないんだと思います。それに、皇太子殿下にファブレ公爵夫妻・・・・私の、本当の父と母がずっと私を探してくれてたって聞いて嬉しくもあったんです。最初、その気持ちがパパを蔑ろにしてるんじゃないかって悩みもしました。でも、パパ達は笑って『そんな事ないよ』って言ってくれたんです。『良かったね。ルークは私達にも、そして彼らにも一杯一杯愛されているんだよ』って言ってくれたんです。」

 だから。

「私にキムラスカだけとか、マルクトだけとか、選べません。選びません。私は、どっちも手放したくないから、両方選びます! 私は、マルクト帝国のアスラン・フリングスの息女であり、キムラスカのファブレ公爵夫妻の息女だと思いたいんです。で、ですからそのー、ファブレ公爵と公爵夫人を、第二の親というかキムラスカの父と母って思っても、よろしい、ですか・・・・・?」

 力強く宣言したと思ったら、最後でどんどん尻すぼみになっていく声に、クリムゾンは笑った。
 目頭が熱い。
 自分達の子供は、そしてアスランが育ててくれたもう一人の愛しい子供は、賢くそして可愛らしい少女に育ってくれていた。
 キムラスカだけを選んでくれなかったのは、残念ではあるけれど。
 少女にそれを選べない事なんて、わかっていた。
 きっとマルクトを選ぶだろうとまで考えていたのに、少女の答えはいい方向に裏切られた。
 気がついたら、クリムゾンはルークを強く抱きしめていた。

「・・・・勿論だ、ルーク。何年もの間、其方を見つけられなかった不甲斐ない男を父と呼んでくれるのなら、呼んで欲しい・・・・!」
「はい、・・・・あの。えと、・・・・父上」

 照れながらもそう呼んでくれる少女が愛しくて、仕方がなかった。
 彼はゆっくりとルークを離すと、そこでマルクト側が微笑ましく自分達を見守っているのがわかった。
 アスランの表情も、常よりも柔らかい。
 思えばクリムゾンの行動は、彼にとっても大事な息女を奪うようなものだった。
 それでも彼は息女の意思を優先し、そして少女が喜ぶとまるで我が事のようにアスランもまた喜ぶ様を見て、クリムゾンは彼に立派な父親の姿を見た。
 クリムゾンはアスランに向かって、溢れる思いをこめて深く礼をすると、彼は一瞬目を丸くしてから、すぐに笑みを浮かべ同じように深い礼をする。

「・・・ルーク、こちらへ。母の元へ連れてってやろう」

 クリムゾンがぎこちなく差し出した手に、小さな少女の手が迷いも無く重ねられる。
 その温かさと柔らかさに再び目頭が熱くなってくるが、それを無理矢理抑えこみ、ゆっくりとシュザンヌの元へと手を引いていく。
 ルークをシュザンヌの前まで連れて行くと、彼女は微笑みながらも目はどこか不安そうに揺らいでいた。

「あの・・・・」
「ルーク、彼女がシュザンヌ・フォン・ファブレ。私の妻だ。・・・・どうか、母と呼んでやってくはくれないか?」

 少女は一度クリムゾンを見上げてから、もう一度シュザンヌへと視線を戻し、そして照れたように口を開いた。

「母上」

 その声を聞いた途端、彼女は微笑みながら静かに涙を流した。

「うぇ!? は、母上? もしかしてお加減が悪いのですか!?」

 彼女の突然の涙に思いっきり慌てるルークだが、シュザンヌはゆっくりと首を横に振った。

「いいえ・・・・、大丈夫、ですよ。ようやく、会えましたね・・・・・私のもう一人の愛しい子!」

 シュザンヌはそうして、ここ数年間ずっと手放さなかった人形をテーブルの上に置いて、その腕で彼女は少女を強く抱きしめた。
 ルークを抱きしめて泣き続けるシュザンヌに困惑しながらも、少女は慰めるかのように背を撫でた。
 と、そこにインゴベルトが近寄る。

「・・・・ルーク。私はキムラスカ王だが、お前は私の姪にあたる。今まで良く生きていてくれたな・・・・・嬉しく思うぞ。今後何か困った事があれば、クリムゾンたちだけでなく私も頼りなさい。出来る限り、力を貸そう。」
「勿体無きお言葉です、キムラスカ王」
「おや、クリムゾンやシュザンヌの事は父と母と呼んでくれるのに、私は伯父と呼んでくれないのかな?」

 にっこりと意地悪げに笑って見せれば、ルークは困ったようにクリムゾンとマルクト側を交互に見つめ、双方が頷くのを見てから「伯父上」と返す。
 その言葉に、彼は嬉しそうに笑った。

 それからシュザンヌが大分落ち着いてルークを離した所で、クリムゾンは息女に息子の存在を話した。

「ルーク、其方に兄がいる。きっと頼りになろう」
「兄・・・アッシュ兄上の事ですか?」
「あぁ。ついでだ、ここにアッシュも呼ぼう」

 クリムゾンが近くに控えた衛兵にアッシュを連れてくるよう伝えると、彼はすぐにルークと同じくらいの男の子を連れて戻ってきた。

「アッシュ、紹介しよう。お前の妹のルークだ。」
「はじめまして、アッシュ兄上。ルーク・コーラル・フリングスと申します」

 が、にっこり笑って挨拶したルークに向かって、彼は震える指を突きつけ、次の瞬間には大声を上げていた。

「あーーーーーーー!!!!!!」

「え?」
「どうした、アッシュ?」

 突然の叫びに不思議そうに小首を傾げる2人だが、アッシュはアッシュで自分の事で手一杯だった。

「おま、その声・・・・もしかして猫耳か!!」

 アッシュの言葉に「猫耳?」と公爵は更に首を傾げたが(同時に部屋の隅で控えていたサフィールがぎくりと肩を揺らしたのが見えた。)、ルークはまじまじとアッシュの顔を見ていたかと思うと、今度はルークが大きく叫んだ。

「あーーーー!!! 貴方もしかしてアシュ!?」

「何だ2人とも、もしかしてどこかで既に知り合っていたのか?」

「あ、いえ、その・・・・っ」

 まさか自分が守るんだと決めていた妹に、そうとは知らず武闘大会で戦って負けましたとも言えず、アッシュがもごもごと誤魔化していると、アスランは驚くルークに笑顔で尋ねた。(アスランの背後では逃げようとするサフィールを、ジェイドがしっかり捕まえていた。)

「えっとね、ピオニーに教えてもらったキムラスカの武闘大会に出たんだけど、その決勝戦で彼と戦ったの。」
「アッシュ様とですか?」
「うん。その時お互いの事知らなくて、全力で戦ったんだけど・・・・」
「ど?」
「えへっv ルーク、勝っちゃった。」

 ブイ、と小さいながらも自らの勝利を嬉しそうに告げるルークの背後で、アッシュが頭を抱えて座り込んでいた。
 それを公爵が呆れたような、嘆くような目で見下ろし、深い溜息を吐いたのだった。
 だがアスランは息女の勝利ににっこり笑って。

「よくできました、ルーク。貴方の剣の師匠として、私も嬉しいですよ。」
「同じく、譜術の師匠として、よくやったと褒めてあげましょうv」
「いーやーーー!! ジェイド、お仕置きだけはヤメテーーーー!!!!」

 ルークの頭をいい子いい子と撫でてやる。
 ジェイドもまた暴れるサフィールを片手で器用に押さえつけながら、ルークを褒める。
 一気に騒がしくなる状況の中で、ピオニーは賑やかな彼らを視界に入れながら、向かい側に座るインゴベルトとアルバインへと口を開いた。

「『双子』である事が、そんなに気になるか?」
「どういう意味、だろうか。」
「キムラスカ王、確かに貴方はルークを自分の姪だと認めたが、『双子』という事までは認めたと口にしてないな。内務大臣は言わずもがな。」
「・・・・・。」
「ルークを『双子』の妹ではなく、ただ単にアッシュの妹にしてしまおうと考えなかったとは言わせない。」
「・・・・・・気づいて、おられたのか・・・・。」

 アルバインのどこか苦々しい声に、ピオニーは笑みを深めた。
 インゴベルトも、重く告げる。

「だからと言って、このキムラスカでは『双子』が引き起こした厄災の記録は多く残っている。そう簡単には、皆は納得するまい」
「そうかな?」
「殿下、何か考えがあるようだな。よろしければ、教えて頂きたい。私とて、あの子は大事な姪だ・・・・なるべくなら傷つけたくない。」

「では、悪知恵を一つ。多くの権力闘争を生んだ『双子』だが、それを起こした多くの双子が、同性であったという事に気づいただろうか。」

 ピオニーの言葉に、2人は頭の中で過去の出来事を思い返す。
 確かに、彼の言う通り争いの中心は同性の双子であった。

「どちらも男、どちらも女であった場合、次代の王は誰になるのか・・・・不確定だったからこそ争いは起きた。だがしかし、ルークとアッシュ殿は異性の双子だ。キムラスカ王位継承権は王族の特徴を持つ男児が優先される。つまり、この場合アッシュ殿のことだが・・・・彼は既にキムラスカ王女ナタリア殿下との婚約で、その地位が脅かされる事はない。ルークは王位継承権を持っていたとしても、女性であるからその位は低いしな。争う必要性がない。そうだろう?」

「うぅむ・・・・。」

 確かに・・・・と、眉を寄せながら考え込む2人に、ピオニーはさらに笑む。

「それでも心配なら、こうすればいい。」

 一体何を、と彼らが問う前に、ピオニーは未だ賑やかな一団の中にいるルークへと声をかけた。

「ルーク!」
「なーに、ピオニー?」

 返答が公式用の物ではなく、普段通りの幼い言葉だったが、むしろ今はかえって好都合だ。

「ルーク、俺の事好きか?」
「うん、大好き!」
「よぉーし、ルーク。じゃ、俺達婚約すっか!」
「婚約? うん、いいよ! するするー」

 周囲の人間はあっさりピオニーの言葉に了承して見せたルークに呆気をとられ、ピオニーは素晴らしい笑顔でインゴベルトたちに振り返った。

「っつーことで、ルークが他の人間・・・しかも他国の次期王の婚約者にしちまえば誰も『双子』だろうが何だろうが、文句言わないだろ? これで『双子』問題は全部解決。俺もルークもハッピーエンドで、二国の国交もさらに親密になってオールオッケー!」



「「「「なにぃいいいぃぃいいいいっっ!!!!!!!!!」」」」



 直後、シュザンヌ以外のキムラスカ側から、その日最大の叫び声が上がったのだった。


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