その男と初めて出会ったのは、公爵閣下から与えられた任務でだった。
今の所仲が悪いとは言わないが、微妙な関係にある隣国からの使者を港で迎えるという任務で、定期的に入港する連絡船から僅かばかりの部下を連れ(だがその誰もが精鋭なのは、一目でわかった)、キムラスカに降り立った使者こそアスラン・フリングスその人との出会いだったのである。
意外に若い。
相手をまじまじと観察しながら、ジョゼットは彼らに近づき、敬礼した。
「マルクト帝国使者殿でありますね? 私はキムラスカ・ランバルディア王国軍第三師団第二大隊所属ジョゼット・セシル少佐であります。キムラスカ王、ファブレ公爵閣下の命を受け、お迎えに上がりました。」
その言葉に、彼は少し驚いたように目を見開いた後(当たり前だ。自分で言うのもなんだが、他の軍人と比べれば小娘と言ってもいいほど若い女が迎えに来るとは思わなかったのだろう。しかも極秘裏の会談申請とはいえ、少佐と言う低い地位の人間が、だ。)、けれどすぐに柔和な微笑を浮かべて同じく敬礼した。
「わざわざ出迎えありがとうございます、セシル少佐。私はマルクト帝国軍第二師団第一大隊所属アスラン・フリングス中佐です。・・・・・貴国には、迎えはいらないと言っておいたのですがね・・・・」
困ったように笑うアスランに、今度はジョゼットが驚いたように目を見開いた。
「迎えをいらない、と仰っていたのですか?」
「はい。あまり公にするほどでもありませんし、そのまま城へ謁見申請しますから、と。」
なるほど、だからファブレ公爵もジョゼットに命を下す時どこか困惑したような、それでいて苦々しい表情をしていたのだろう。
迎えはいらないと事前に言われていたとしても、相手は一国の使者。
微妙な関係でも隣国であり、キムラスカと並ぶ大国の使者を出迎えなしとは、さすがのキムラスカも出来なかったのだろう。
「・・・・・おかしな方だ。」
思わず本音が零れ落ちてしまったジョゼットが慌てて謝罪しようとする前に、アスランは咎めもせず楽しそうに笑みを深めたのだった。
「あぁ、・・・・よく言われます」
軍人とは思えないほど上品に笑うアスランに、彼女は一瞬見惚れてしまった。
だがすぐに我に返って小さく頭を振ってから、アスランたちを先導する。(何て優しく笑う人なのだろう、とは断じて思っていない!)
「こちらへどうぞ。宿屋は既にこちらで手配しておりますので、城への謁見申請後そちらへご案内します。」
「感謝します、セシル少佐」
そしてその日は無事謁見申請を済ませ、宿屋へと使者を案内した。
もう会う事はないだろうと思いつつ、柔和に微笑む使者の顔がジョゼットの頭の中からしばらく離れなかった。
だが運命とは皮肉な物。
自分が他国の使者の顔などさっさと忘れようと努力しているのにも関わらず、ジョゼットは再びアスランと出会った。
しかもマルクトにあまり良い感情を抱いてないと噂されるファブレ公爵と、数年前から気を病んでしまった奥方、2人の御子様と一緒に、暢気に公爵邸の中庭でお茶を楽しんでいるではないか!
そのあまりにも異質な光景に彼女が硬直していると、アスランはそれこそ軍の人間ではないのではないかと思わせるほど優雅な仕草でティーカップを皿の上に置くと、にこりとジョゼットへと微笑みかけた。
思わずびくりと肩を揺らした直後、アスランの視線にファブレ公爵も気づいたのか、ジョゼットの方へ視線を移し、あろうことか『こちらへ来い。』と手招きしている。
動揺を隠せぬまま、彼女はぎくしゃくとファブレ公爵の前で敬礼した。
「ご苦労だったな、セシル少佐。」
「いえっ! ・・・・こちらが軍本部からの報告書となります。」
マルクト帝国の使者の前で軍本部からの連絡書類を公爵に渡してもいいのだろうか、と悩んだが、おかしなことにファブレ公爵は常と比べとても上機嫌で書類を受け取ると、携帯していたペンでサインし、再びジョゼットへと書類を渡した。
おかしい。
とてもおかしい。
今渡した書類は行方不明の御子様に関する書類だったのだ。
しかも毎回変わらず『進展なし。』という報告書類だったと言うのに、一体何故?
「セシル少佐。」
「は!」
「軍本部・・・・私に協力してくれた全ての軍人に礼を。そしてもう調査の必要はないと伝えておいてくれないか?」
その言葉に、ジョゼットはさらに頭が混乱した。
調査状況は進展していない。
行方不明の御子様も見つかっていないというのに、調査を中断するとは公爵は諦めてしまったのだろうか。
だがそれにしては、いつも子守唄を歌っていた奥方様は珍しく微笑んでいらっしゃる。
それこそ、前代未聞の事件が起こる前に見せていた麗しい微笑だった。
「使者殿。こちらが我が子の捜索に力を尽くしてくれた者の一人。名を・・・」
「ジョゼット・セシル少佐・・・・ですよね?」
公爵自ら紹介されるとは思わなかったジョゼットが驚愕の悲鳴を寸での所で押さえているのもお構いなしに、当の2人は朗らかに会話をしている。
「おや、顔見知りでしたか?」
「ふふっ、ご冗談を。公爵閣下、並びにキムラスカ王の勿体無きご配慮により、私どもを迎えに来て下さいました」
「あぁ! そうか、そうであったな。セシル少佐を向かわせたのだった。」
「はい。彼女には大変お世話になりました。彼女を使わして下さったキムラスカ王と公爵閣下には、とても感謝しております。」
にっこりと微笑したままそう言うアスランに、ジョゼットは目を見開いたまま無意識に首を横に振っていた。
実際ジョゼットはこんなにも賞賛されるほどの事はしていない。
ただ任務に則り、使者である彼らを案内しただけだと言うのに!
だがアスランの言葉を聞いて、公爵はさらに気を良くしたようだった。
「ふむ。セシル少佐、よくやったな」
「いえっ! 滅相もありません!!」
公爵直々の褒め言葉に、ジョゼットはもはや気絶できるものなら気絶したいと心の中で絶叫していた。
一体今日一日だけで、どれほどありえない事が起こったのだろうか。
思わず現実逃避に走りそうになったジョゼットは、ふと公爵子息であるアッシュが熱心に一枚の紙を見つめているのが見えた。
距離と角度からジョゼットの目には何が書いてあるかわからないが、・・・・・影からして人物絵だろうか。
「私の息女ですよ。」
「・・・・・・え?!」
ジョゼットが絵を見ているのに気づいたアスランが言った言葉に、彼女は思わず声を上げて驚いてしまった。
公爵夫妻の前だ、すぐさま謝罪するが彼らはあまり気にしていないようだった。
それにしても・・・・・とジョゼットは、無礼にならない程度にアスランを観察する。
どう見たって20代の若者である。
絵に描かれているような大きさの子供がいるとは驚きだ。
「と言っても、私は成人したばかりで結婚もしてません。昔川で溺れている所を助け、その後養女として迎え入れた子なのです。」
ジョゼットの困惑に感ずいていたのだろうアスランは、彼女の心の疑問に答えるようにそう言った。
驚く彼女を視界に入れつつ、アスランはアッシュから息女の絵を返してもらい、それを今度はジョゼットに差し出した。
これは見てもいいと言う事なのか・・・・?
公爵夫妻が何も言わないのを確認してから、彼女は恐る恐るその薄い紙を受け取った。
絵は思いの外精密に描かれていた。
少々色素が薄い赤系統の髪(まるで朝日の様な色だ)、きらきらと輝く豊潤な翠の瞳の、丁度公爵子息と同じくらいの少女の絵だった。
「・・・・・ちょっと待って下さい! まさか、この紙に描かれている御方はっ・・・・・・!!!」
反射的に確認するように公爵を見つめると、クリムゾンは嬉しさを隠し切れない様子で一つ頷いた。
「・・・・・そう、ですか・・・・・。良かった・・・・・」
ようやく、みつかったのだ。
長い長い間、公爵夫妻はもう一人の御子を探していた。
それを偶然とはいえ目の前のマルクトの使者が助けていたとは、不思議な感じだった。
紙に描かれた明るく笑う少女の輪郭を震える指でなぞり、そうして彼女は無意識に微笑んでいた。
その微笑に、一瞬アスランが驚いたように小さく目を見開いた。
それもすぐにいつもの柔和な表情に変わってしまったが。
「まだ本当に御息女当人なのか、判明していませんよ」
「だがそれではこの王族特有の色はどう説明するおつもりか?」
ムッとしたようにジョゼットに言い返され、アスランは苦笑した。
「キムラスカの方々は、もう少し人を疑った方がいい。これがもし、わざと髪を染めていた、とかだったりしたらどうするのです?」
「短い間しか貴殿を知らないが、貴殿がそのような事をするとは思えない。」
アスランは今度こそ大きく目を見開き、やがて照れたように笑った。
「・・・・・ありがとうございます。公爵閣下、それでは後日検査結果データをお送りします。」
「こちらも至急ベルケンドにて検査しましょう」
「検査、ですか?」
少女の絵を返しながら、不思議そうにアスランを見つめるジョゼットに、彼は微笑したまま頷いて見せた。
「現在のフォミクリー技術により、音素構成と振動数を比較した一親等の検査は9割以上確実な証明が出来るのです。公爵閣下、奥方様の髪をベルケンドで検査して頂き、私の息女であるルークの検査は、音素学の権威であるサフィール・ワイヨン・ネイス博士並びにジェイド・バルフォア博士にお願いしようと思っています。そしてその検査結果をお互い公開し、真実血縁関係にあるのか、最終的な確認をする予定なのです。」
なるほど、と彼女は頷いてから、それからこの場には公爵夫妻と子息が揃っているのを思い出し、慌てて「出過ぎた事をお聞きしました! 申し訳ありません!!」と頭を下げた。
「構わん。・・・・それで、使者殿。次も貴殿がこちらへお出でになられるのか?」
「はい。会談の調整は恐れ多い事に全て私に任せられていますので、次いつキムラスカへ来られるかは、この後自国に帰り皇帝陛下の御言葉を拝聴してからとなります。それに今回の事もご報告しなければなりません。・・・・・やはりどうしても時間はかかると思います」
「それはこちらとて承知の事。ならば、早めに検査をしていつでも結果を出せるようにしときましょう」
「お願いします。」
「・・・・・次回も、セシル少佐を迎えに行かせましょう。」
公爵の思わぬ言葉に、アスランもセシルも困惑しながらも否やはないので、とりあえず了承しておいた。
まさかその時から、公爵夫妻が2人の仲を取り持とうとしているなどと、現在の彼らは知る由も無かったのである。
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