ルーク7歳、アスラン21歳、クリムゾン40歳  『錯綜。』


「♪〜」

 燦々と降り注ぐ穏やかな日の光。
 整えられた中庭。
 咲き乱れる花々、瑞々しい木々。
 その木陰で、彼女は歌っていた。
 彼女が自ら抱き上げているのは、おくるみだ。
 大事そうに、慈しむように、彼女は子守唄を歌う。

 しかしおくるみの中の存在は、その声に何も感じない。何も思わない。
 何故なら。
 彼女が片時も離そうとはしないおくるみの中にいるのは、小さな少女の人形だったからだ。

「・・・・・・シュザンヌ」

 その様子をどこか痛ましそうに見つめるのは、彼女の夫であるファブレ公爵とその息子であるアッシュだった。
 クリムゾンの呼び声にも、彼女は応えない。
 彼女はただただ、小さな少女の人形に子守唄を歌うだけだ。

 7年前、クリムゾンは待望の後継者を授かった。
 自分たちの子供が男であった場合、次期キムラスカ国王となるのはその子であったからだ。
 しかし、誕生した男の赤ん坊に喜んでいたクリムゾンは気づかなかった。
 生まれた赤子が実は双子であった事を。
 シュザンヌが出産の影響で気を失っている間に、迷信深い産婆がその片割れを『無かった事』にした事に。
 だから彼女が意識を取り戻した時、自分の元にいるのが男の赤ん坊ただ一人だけだと確認すると、酷く取り乱し、暴れた。

『あの子はどこ!?』
『私の愛しい子はどこにいるの!?』

 シュザンヌは出産直後だと言うのに暴れ回り、クリムゾン自ら赤ん坊を保護すると言う状況にまでなってしまった。
 クリムゾンはその時産婆から、『生まれたのはただお一人、至高の御方であらせられます。』という言葉を信じて疑っていなかった。
 だから何度も自分たちの子供はここにちゃんといるのだと、暴れる彼女を負担にならない程度に押さえつけ、何度も教え込んだ。
 それでも彼女は首を横に振った。
 彼女は母親としての本能で、生まれた子が2人だとわかっていたのかもしれない。

『違う! 違う違う違うっ!! あぁ、貴方、私達の愛しい子供はどこにいるのですか!?』

 そう言って否定し続けた彼女は、出産から数日後には夫の言葉に反応しなくなった。
 元来彼女は体の弱い方だった。
 だから今回の出産で、彼女は気まで病んでしまったのではないか、もしかしたら彼女は実は自分との子供を望んではいなかったのではないかとまで思考が沈み、項垂れた。
 自分たちは政略結婚とはいえ、愛し合っていたと思っていたからだ。
 そしてその時から、彼女は小さな少女の人形をまるで生きている人間のように接し、子守唄を歌うようになった。
 だからと言って、アッシュと名づけられた子供を蔑ろにしている訳でもなく、とても慈しんでいるのもわかっていたから、クリムゾンには何も言うことが出来なかった。

 それから3年後。
 彼女は変わらない。
 人形を抱いて、子守唄を歌う。
 その頃にはすでに、息子であるアッシュの言葉しか聞こうとしていなかった。
 そんな中で報告されてきた自らの領地であるベルケンドでの実験事故。
 どうやら市長もその実験に携わっていた研究者も内密に処理したと思っているようだが、本来ベルケンドはクリムゾンが統治している場所だ。
 もし何かあった場合は報告するようにと、市長の他にも要人を数人手配していたのだ。
 その彼らからの報告を偶然聞いていたシュザンヌ付きのメイド長が、表情を強張らせるのがわかった。
 それがあまりにも不自然すぎて、彼はすぐに問い詰めた。
 しかし要領を得ず、彼女はただ顔を青くし震えていたのだが、ようやく聞き出せたのは『御子様』という言葉だった。

 御子様。

 彼女たちメイドや使用人たちがそう呼ぶのは、息子であるアッシュだけであるはずである。
 その時クリムゾンの脳裏によぎったのは、悲鳴のような愛する妻の叫びだった。

『あぁ、貴方、私達の愛しい子供はどこにいるのですか!?』

 子供。

 彼女はまだ子供を捜している。
 メイドはアッシュがこの家にいるのにも関わらず、御子様と呟きながら震えている。
 思えばメイドはシュザンヌの出産に立ち会い、その後暴れるシュザンヌを哀れに思ったのか、彼女に少女の人形を与えたのはこのメイドだった。
 これは何かあると確信したクリムゾンがさらに問い詰めると、やがて諦めたように彼女は3年前の真相を語り始めた。

 その時の衝撃を、クリムゾンは一生忘れる事ができないだろう。
 シュザンヌは、確かに『無かった事』にされた子供を捜していたのだ。
 彼女の言い分を聞かずに、ただ自分たちの子供はアッシュただ一人だと言ってしまったクリムゾンを、彼女は無視するはずである。
 シュザンヌはそれこそ、もう一人の子供であるアッシュ以外信じられなくなってしまったのだろう。
 彼は居ても立っても居られず、多くの使用人がいるのにもかかわらず、シュザンヌへと深く頭を下げ謝罪の言葉を繰り返した。
 彼女はその声に歌を止め、3年ぶりに夫へと口を開いた。
 しかし。

『・・・・それは何の謝罪でしょう? 貴方、愛しい子はどこにいるのですか?』

 シュザンヌの言葉に、彼はさらなる衝撃を受けた。
 彼女も本当は自らの腕に抱いているモノが、自分の子供ではなく人形である事を理解していた。
 理解していても、子供を失い嘆き悲しむ心を保つには、代わりのモノで自ら慰めるしかなかったのだ。
 そしてシュザンヌの言う通り、子供は見つかっていない。
 まだ捜索の指示も出してない。
 衝動的に頭を下げたがこんな状況で一方的に謝罪しても、何の意味も持ちはしない。

 だから彼も誓ってみせた。
 必ずもう一人の我が子を見つけてみせると。(久しぶりに自分へと微笑んでくれた彼女はとても美しかった。)

 それからクリムゾンは本格的にもう一人の子供を探し出すべく、動き出した。
 あのメイドは、もう一人の子供が産婆にベルケンドに運ばれたという事しか知らなかった。(だから彼女は街に何かあったと思い、とても動揺していたのだ。)
 真実を隠匿していた使用人たち全員に暇を出した。(例え双子であったとしても、自ら仕えるべき主の子を隠匿するとは罪深い。もう一人の子供の存在は公には認められていないために、表立って罰する事はできない。勿論他の事で罪を着させる事も可能だったが、誇り高きファブレの血がそれを許さなかった。)
 主犯である産婆も表立って罰する事はできないが、バチカルを追放させた。(本当なら殺してやりたかった。彼女が如何にこの国を愛していようとも、シュザンヌが壊れかけてしまったのは、全て彼女の所為なのだから!)
 何より驚きだったのは、代々ファブレ家に仕えてきてくれた執事一族の現当主・ラムダスが、今回の一件の出来事を確信は持てなくてもおおよその見当をつけていたことだった。

 ただ、彼は一つ思い違いをしていた。

 主であるクリムゾン本人が、産婆にもう一人の子供を『無かった事』にするよう指示したのではないかと思っていたのだ。
 だからこそ今まで何も知らないように振舞う主の姿に(実際クリムゾンは何も知らなかったのだが。)違和感を感じながらも、口を出せなかったのだ。
 ラムダスはそれでも主の子である『無かった事』にされたもう一人の子供を哀れに思い、人を雇って主の子を引き取ってくれたという老婆に仕送り金を送っていた。
 しかしその彼も老婆が主の子を引き取った一年後に死亡し、行方不明になっている事を知らなかった。(彼はただ人を雇って金を届けさせていたのだ。主であるクリムゾンの批判を恐れて詳しく話も聞かなかったのだろう。)

 驚愕の真相が明るみに出てからさらに3年後。
 あれから捜索を続けるも、ベルケンドにそれらしき子供は見つからず、その周辺にも目撃情報は無かった。
 老婆が死んだ後も繰り返し仕送っていた金の行方もわかっていない。

 我が子は、本当に死んでしまったのだろうか。

 捜索が行き詰まり、次第に絶望的な考えが思考を支配しようとした時、隣国の使者がキムラスカにやってきた。
 親睦を深めようとする目的の二国間での会談を申請に来たらしい。
 その使節団の代表である銀髪の男と2人だけで話す機会があったのだが、彼にはアッシュと同じくらいの娘がいるらしく(どうみても成人したばっかりであろう若い男に、そんな大きい子供がいることにクリムゾンは驚いた。)、川で溺れそうになっている所を助けて以来自分の養子として受け入れたのだという。
 性別が違うとはいえ同じ子供を持つ親同士、思わず公爵や使者と言う肩書きを忘れて話し込んでいたその時、銀髪の男は自分の娘の絵を取り出した。

 その絵を見た時の衝撃ときたら!

『どうです? 可愛いでしょう、ルークというのです』

 そう言って誇らしげに、愛しげに笑う使者の言葉も聞こえていなかった。
 何故なら携帯できるように薄い紙に精密に描かれた人物は、若い頃のシュザンヌに良く似ていたからだ!(昔の彼女が明るく笑っていたら、こんな感じなのではないだろうか。)
 しかも色が薄いとはいえ、キムラスカ王族特有の赤系統の髪に翡翠の目。
 使者の言葉を信じるならば、アッシュと同じ年頃の少女だという。
 絵を食い入るように見つめるクリムゾンに、さすがに疑問を感じたのか銀髪の男は訝しげに眉をしかめた。

『どうされました、ファブレ公爵閣下?』

『恥を忍んでお頼み申し上げる、使者殿! 我が邸宅に来て頂き、少しの間個人的な話に付き合ってくれぬだろうか?』

 行き詰っていた捜索が、意外な所で核心に迫る進歩を見せた。
 これを逃す訳にはいかない。
 いきなり頭を下げて頼み込むクリムゾンに、彼はぎょっとしながらも、快諾してくれたのだった。


 まだ本当に絵の少女が、ずっと探していたもう一人の子供かどうかはっきりしないけれど。
 もし本当ならば。
 彼女はまた笑ってくれるだろうか。


 自身の思考にふけるクリムゾンは気づかない。
 彼に気づかれないように、銀髪の男が小さく唇の端を吊り上げた事に。


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