一方、ネフリーに挨拶しにいっていた男どもは、そこでサフィールと再会し、結婚式が始まるまで時間つぶしをする為に、ホテルで一人残してきた少女の元へと戻る所だった。
「それにしても、許しを得られてよかったです。」
心底ホッとしたように安堵したアスランに、幼馴染たちはそれぞれ笑って見せた。
「だから言ったろー? ネフリーはそんな事気にしないって」
「そうは言っても、勝手に決め付けるのもどうかと思うんですがねぇ?」
「そうですよ! ネフリーはジェイドと似ず、とっても優しいんですから!!」
「ほほぅ? いつ私が優しくないとでもサフィール」
「ひっ!」
「あーこらこら、そうやって苛めるからそう言われるんだぞお前」
「失礼ですね。遊んでやっているんですよ。」
「サフィールで、だろう。」
「あははははは」
そんな他愛無い話をしながらホテルに戻り、アスランが部屋に戻ってすぐ目に入ったのは、誰もいない空っぽの部屋。
アスランは一瞬微笑んだまま硬直し、慌てて室内で大きな声を上げた。
「ルーク!! 居るなら返事をして下さい、ルーク!!!」
アスランの尋常じゃない慌てぶりに、幼馴染3人は一瞬顔を見合わせ、彼らも急いで室内に入った。
「アスラン、どうした!」
「ルークがいないんですっ。」
部屋の隅々まで探し続けるアスランに、ジェイドはすぐさまフロントへ繋がる電話を取った。
「・・・・確認とれましたよ。我々が帰ってくる少し前に、白いうさ耳のフード付コートを着た少女が外に出て行ったようです。少しの間ホテル前の雪で遊んでいたようですが、その後は知らないようです。」
「あぁ、やっぱり一人にするんじゃなかった・・・・!! 好奇心の強いあの子が、初めて雪を見てじっとしていられるはずがなかったんです! 早く探しに行かなくてはっ・・・・・!」
そのまま部屋の外へと駆け出そうとするアスランを、ピオニーが慌てて止めた。
「まぁ待て、落ち着けアスラン。お前はこのケテルブルグの地理を良く知ってないだろう。それに、俺たち全員が探している間に、もしかしたらルークがここに戻ってくるかもしれない。アスラン、お前はここに残っていろ。外の事は、ここで育った俺たちに任せるんだ。・・・いいな、二人とも!」
「やれやれ、見つけたらお仕置きですかねぇ」
「わ、わかりましたよ探せばいいんでしょう!?」
「待っているだけと言うのはとても歯痒いですが・・・・・・・確かに殿下の言う通りです。どうか、あの子をお願いします。」
ピオニーの言葉に、彼らは三者三様に了承した。
ピオニーたち幼馴染組みは急いでホテルを出ると、西をサフィールが、東をピオニーが、北をジェイドが探す事になり、彼らは一人の少女を見つけ出すべく走り出したのだった。
その頃、すでに保護者たちにいないことがばれてしまったと気づいていない少女は、ローレライの助言通り第一音素と第四音素が濃い木を探し出し、先程まで木を登っていた。
雪が舞うこの地方の木の表面は冷たく、しかも足をかけられるような目立った凹凸もなく、悪戦苦闘の末何とか登りつめる事が出来たのだ。
「・・・・・見つけた!!」
あまりの冷たさに手も頬も真っ赤になっていたが、それでもルークは目の前に輝く幻想的な『雪の華』を満足げに見つめた。
第一音素と第四音素に愛される花を、おそるおそる寄生している部分から手折り(ローレライが言った通り、茎も葉も花も氷で出来ていた!)、花の上にかぶさっている雪が落ちないように、そうっと手に入れた。
その直後。
「君、そんなところで何をしてるんだい!? 危ないよ!!」
木の根元から、数人の大人たちが心配そうに少女を見上げていた。
「あの、オズボーン様、早く行かないと式の準備が・・・・」
「だがあんな小さい子が木の上にいるんだぞ!? 放って置けないだろう! 大丈夫、彼女もわかってくれる。」
「ですが・・・!」
ルークに声をかけた青年に、彼の従者らしき一人が先を急ごうと促しているようだったが、彼はそれを良しとしなかった。
「そこから下りられるかい!?」
青年の言葉に、ルークは今の自分の状況を考えてみた。
木を登った時は、両手に何もなかったから登れたが、今は『雪の華』を持っている。
しかも絶対に壊す事はできない。
しかし、木から下りる為にはまた手を使わなくてはならず、『雪の華』を入れられるカバンも何も今は持っていない。
飛び降りるにも、今ルークがいるところは地上から少々離れすぎていた。(飛び降りられるかもしれないが、その際『雪の華』がどうなるかわからない。)
ルークが熟考している様子を、青年は『下りられない』事で悩んでいるのだと思ったようで、お世辞にも頼りがいのあるとは言えない腕を広げた。(アウトドア派かインドア派かと聞かれれば、青年は絶対後者であろう。)
「おいで! ちゃんと抱きとめてあげるから!!」
相手がサフィール並みに非常に不安ではあるが(あぁでも彼には譜業がある、とルークはすぐさま思い直した)、人が良さそうな青年は必ずルークを抱きとめるだろう。
抱きとめた後、踏ん張れるかどうかはわからないが。
少しの考えた後、ルークは青年に向かって口を開いた。
「でもお兄さん。ルー・・・・じゃなくて、私、重いよ?」
見知らぬ人の前で、名前を極力言葉にしないようにとジェイドから教わっていたルークは、慌てて言い直したが、青年はルークの「重い」発言に笑った。
「大丈夫。僕はそんなに柔じゃないし、君だって全然軽そうに見えるよ。」
そうは言われても、どう見たって青年はピオニーやジェイド、アスランと比べれば柔に見える。
だが青年は引きそうにないし、ルークも背に腹はかえられない。
青年がルークを抱きとめると言っているのだから、ルークは『雪の華』の安全だけを気にしていればいいのだ。
「・・・・・わかった。飛び降りるから、お兄さんも気をつけてね!」
「いいよ! おいでっ」
青年の言葉に、ルークは何の気負いもなく木から飛び降りた。
青年の方も何とかルークを抱きとめられたが、やはり踏ん張りきれなかったのか後ろへ倒れていこうとしている所を、彼の従者たちがそつなく彼の背を支えた。
ナイスフォローである。
「あは、あはははは! 何とか無事だったようだね」
「お兄さんもね。」
「確かに。」
何とか体勢を整えた青年は、自分の腕の中にいる少女を見下ろした。
「でもどうして木の上に何かいたんだい? 危ないよ」
「どうしても欲しかったの。今日はとても喜ばしい日だから、贈り物をするために。」
「贈り物?」
彼がようやく、少女が大事そうに手に持っているものに気づいた直後、彼らの背後で誰かが立ち止まる足音が聞こえた。
思わず全員が振り返ると、そこには薄っすらと微笑んだ漆黒のロングコートを棚引かせた男がいて、それは青年にとっても少女にとっても見知った人物であった。
「今すぐその子を離しなさい。」
「え? え、え??」
「離す気がないなら、こちらも容赦はしません。」
問答無用とばかりに、その眼鏡の奥に輝く深紅の目をスッと細めてから、ルークを抱きかかえたまま呆然としている青年へと右手を差し出した。
「断罪の剣よ、七光の輝きをもちて――――」
彼の右手に膨大な音素が集まっている事に気づいたルークは、すぐに声を上げた。
「待って!! ジェイドお兄さん、このお兄さんはルークを助けてくれたんだよ!!」
だが、ルークの言葉だけでは止まらない。
青年も呆然としたまま動かないし、もう駄目かと思われたその時。
天はルークに味方した。
「こんの、馬鹿ジェイド!!! お前は今日から義理の弟になる男とルークを、一緒に殺す気か!?」
自分が担当した東側を探し終えたピオニーが、ジェイドを後ろから羽交い絞めにして譜術を強制的に中断させた。
「邪魔をしないで下さい。ルークに怪我をさせるなんてヘマしませんよ」
かなり不機嫌そうにピオニーを睨みつけるジェイドに、ピオニーは拘束したまま疲れたように溜息を吐いた。
「お前、俺の言葉聞いてたか? もう一度言うぞ。『お前は今日から義理の弟になる男とルークを、一緒に殺す気か』?」
「義理の弟・・・・?」
訝しげに硬直したままの青年を見つめるジェイドに(この時ようやくジェイドは彼が義弟だと気づいた)、ルークは青年の腕から飛び降りて、ジェイドの足へと抱きついた。
「ジェイドお兄さん駄目なのー!! このお兄さんは、ルークを助けてくれたの!」
ぎゅーっとジェイドの足に抱きつく少女に、完全にやる気がそがれたのか、ジェイドから力が抜けた。
それにピオニーも気づいて、ジェイドを開放した。
「ルーク、探したぞーー?」
「ごめんなさい。でもルーク、どうしても欲しいものがあって・・・・・」
「欲しいもの?」
ジェイドの足にへばりついたルークを、ピオニーが手招きして抱き上げると、少女の冷たくなった頬に、自分の頬を摺り寄せた。
「だって、お祝い事には普通、贈り物をするんでしょう? ルーク、それ知らなくて、ジェイドお兄さんの妹のお姉さんに贈り物しなくちゃと思って・・・・・」
「それだったら、アスランがちゃーんとルークの分まで贈り物を渡してたぞ?」
「そうなの?」
不安そうなルークに、ピオニーは安心させるように笑った。
「あぁ、だから大丈夫だ。ルークはそれを知らなかったんだな。それで、どうして彼に助けてもらう事になったんだ?」
「これ。」
ルークが壊さないように大事に持っていた物をピオニーに差し出すと、それを見たピオニーとジェイドは驚きに目を見開いた。
「・・・・・驚いたな。本物の『雪の華』だ。初めて見る・・・・」
「私もです。その希少性から幸福の象徴とされていますが・・・・・成程。ネフリーへの贈り物には勿体無いほどです。」
ですが、とジェイドは続ける。
「このままだといずれ溶けてしまうでしょう。早く譜業で加工しないといけませんね」
「ジェイド、お前できないのか?」
「出来ますけど、私以上に適役が今この地にいるでしょう。」
「サフィールか。」
「そういうことです。」
「呼〜び〜ま〜し〜た〜か〜??」
「おぅわっ!!?」
「サフィールお兄さんだぁ」
「おや、サフィール。」
いきなり背後から物凄く疲れたような(というか半分死んでる)声が聞こえてきて、ピオニーは思わずルークを抱えたまま後ずさった。
ぜいぜいと肩で息をしているサフィールに、ジェイドはほんの一欠けらも労わりもせず、彼を見下ろした。
「情けないですねぇ、もうお疲れですか。」
「うる、さい、ですよ・・・・っ!!」
「まぁ丁度良かった。今すぐルークが持っている『雪の華』を加工しなさい」
「はぁ? 何を言っているんですか。『雪の華』なんて幻中の幻、本当にあるわけ・・・・・」
ジェイドに促されてルークの手の中に輝く本物の『雪の華』を見つけると、サフィールは驚きで目を見開いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・本物だ。」
「しかもルークが見つけて、ネフリーにプレゼントしたいそうなのです。式が始まる前までに、できますよねぇサフィール」
「できなくてもやれって言うんでしょ貴方の場合!!」
「おや、よくわかっていますねー」
「やりますよ!! 間に合わせて見せます。これがあった方が、ネフリーの結婚式にもさらに箔が付きますからね! 何より、ルーク自ら見つけたみたいですし。」
「わかっているなら結構です。」
ルークから『雪の華』を慎重に預かり、サフィールはそのまま踵を返していった。
「なぁルーク、」
「なぁにー?」
サフィールの後姿を見送っていた少女に、ピオニーは真剣にルークの顔を覗き込んだ。
「『雪の華』は寄生していると聞く。どこで見つけたんだ?」
「んー、木の上。登る事は出来たんだけど、『雪の華』持って下りられなくて困ってた所を、あそこのお兄さんに助けてもらったの。」
「ジェイドの義理の弟に助けてもらったのはわかったが・・・・・・・・・・・木を、登ったのか。」
「うん。」
「もしかして素手で?」
「? うん、だって手袋したまんまじゃ登れなかったし。」
どうしてそんな事を聞くのか、と不思議そうに小首を傾げるルークに、ジェイドはピオニーが何を言いたいか察して、2人に近づいた。
「ルーク、手を見せなさい。」
「はい。」
少女の手の平は、物凄く冷たくなっていて、しかも赤くなっている。
「ルーク、痛みはありませんか?」
「ないよ? 登ってる時は痛かったけど、いつのまにか痛くなくなってた」
「・・・・ジェイド!!」
「急いで治療する必要がありそうですね。式まで時間もありませんし、ネフリーの控え室を借りましょう。そこで応急の手当てをして、式の準備もしてしまいましょう。」
「ルーク、手当てするまで手を使っちゃ駄目だぞ!!」
「う?」
「ジェイド、早く行くぞ!!!」
「わかっています。」
ピオニーがルークを抱きかかえながら走り去っていく姿を横目に、ジェイドはちらりと未だ呆然としたままの青年と従者たちを見下ろした。
「ミスター・オズボーン」
「ぇ、あ、はい!!」
「貴方こそ式の主役なのですから、式に遅れて妹に恥をかかせないように。」
「あ、申し訳ありませんお義兄さん!!」
ジェイドの言葉に我に返った彼・・・・今回の結婚式のもう一人の主役である青年は、慌てて頭を下げた。
「・・・・・・・全く、『死霊使い』に義弟ができるなんて、世の中不思議な事だらけですねぇ」
そう呟くと、彼もまたピオニーたちを追うように、踵を返したのだった。
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