公然のお忍びの元、ケテルブルグに向かっている客船の甲板の片隅に蹲る生物に、ジェイドは無表情に眼鏡を押し上げた。
彼の視線の先、丸まったブウサギの後姿が映っている。
あの馬鹿殿下、ネフリーの結婚式にルークだけでなくブウサギまで連れて来やがったのか、と心中毒を吐き、海を眺めているブウサギをそのまま海に落としたい衝動に駆られた。
だがそうすると、飼い主である男の文句が五月蝿い。
しかもそれをルークに知られれば、少女は悲しむに決まっている。
非常に不本意だが、あのブウサギを外に出ないように貨物室にでも放り込んでおけば別にいいだろう。
そう結論付けて、ジェイドは丸まっているブウサギ後ろ首を掴み上げた。
その際ブウサギの頭が手すりに強打したが、所詮家畜どうでもいいだろう・・・・・と思ったら、非常におかしな悲鳴を聞いた。
「みぎゃっ・・・!!?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
ジェイドに片手でつるされているブウサギは、のろのろと自分の頭を抱きかかえ、涙目を浮かべた翡翠の瞳が、ギッとジェイドを睨みつけた。
「痛い。」
「・・・・・・・・・貴方こんな所でそんな得体の知れない物を着て何やってるんです。」
「このパジャマ、すごい暖かいし。海と魚、見てたのに・・・・」
そう答えるブウサギの中に、ルークが入っていた。
未だ非難の目を向けてくるブウサギの着ぐるみをきた少女を、海に蹴落とさなくて良かったと死霊使いは心の片隅でそう思った。
「うわぁああ! すごいすごいっ、真っ白だねパパ!!」
「えぇ、そうですね。雪が一杯です」
初めて雪を見た少女は、興奮気に空を見上げ手をバタつかせているが、アスランはそんな少女を器用に抑えて白いふわふわのコートのフードを被せてやり、冷えないようにとこれまた白いもこもこの手袋を装着させた。
さすがに客船から降りた少女は、ブウサギの着ぐるみパジャマではなく、白いふわふわのたれ耳ウサギコート着ている。
「おーおー。変わってねぇなぁここも。」
「そこの馬鹿。さっさとネフリーに挨拶に行きますよ。」
「お前なぁ・・・・、上司に向かって馬鹿とは何だ馬鹿とは!」
「今だけ上司ぶらないで下さい。貴方なんてそこの馬鹿で十分です。」
確かにマルクト帝国皇太子殿下が、幼馴染の結婚式にケテルブルグに来ているなどと公にできるわけもなく、ピオニーは再び譜術で髪を染めお忍び用の格好だ。
ちゃんと偽名もあったりするのだが、何だか虫の居所が悪そうなジェイドは、その名を呼ぶ事さえ煩わしそうだ。
「・・・・アイツ、何であんなに機嫌が悪いんだ?」
「さぁ・・・。妹さんの結婚式だから、とかじゃないでしょうねぇ」
「それだったら前回ケテルブルグに呼ばれたときに、ネフリーがどう思おうが、さくっと完全犯罪で相手を殺してるだろ。」
「そうなんですよねぇ・・・・」
ピオニーとアスランは揃って首を傾げた。
実は客船での出来事をジェイドが気に病んでおり、ルーク自身はまさかブウサギと間違えられて海に蹴落とされかけたとも知らず、ジェイドに危ないから掴みあげられたのだと思っているので、ピオニーもアスランもその出来事を知らないのだった。
「とりあえず、ホテルを取っておきました。フリングス中佐とルークは、部屋で待っていてください。私たちはネフリーに一言挨拶に行ってきます。」
「待ってくださいカーティス少佐。私とルークは本来招待されていない身です。お二方から招待を受けましたが、今回の主賓である方々に一言謝罪とお祝いの言葉を伝えたいので、私も同行します。」
「やれやれ、ネフリーはそんな事気にしないのですがねぇ」
「私が気にします。なのでルーク、一人でホテルにお留守番できますか?」
「大丈夫、できるよ!」
少女の元気の良い返事を聞いたアスランは、にっこり笑って頷いた。
「では、ホテルについた後、私たちはご挨拶に行きますから、ちゃんと大人しくしているのですよ?」
「は〜い!」
それからすぐにホテルの一室に案内されたルークたちは、男たち3人の姿を見送り、飽きることなくベランダから、白く舞う雪を見ていた。
「きれい・・・・・。ローレライにも見せてあげたいなぁ」
ルークの内緒の友達は、どうやらいつも同じ場所にいて動けないらしい。
このような変わった場所に来れば、いい気分転換にもなるだろうに。
と、思った直後。
ルークがいつもしているペンダントが淡く光った。
『我を呼んだか、ルーク。』
「あ、ローレライ! どうしたの?」
『どうした・・・とはこちらの台詞だ。呼んだであろう?』
「そりゃ呼んだけど。いつも呼んでも来なかったくせに」
『当たり前だ。今はお前の保護者たちの気配が遠い。だから来れたのだ。』
「ふーん・・・・」
光の洪水が部屋の中で溢れたと思ったら、目の前に小さな光る球体がいた。
彼(?)こそが、ルークの内緒のお友達でもあるローレライだった。
『それで、本当にどうしたのだ?』
「あのね、ローレライいつも動けないって言ってたでしょ?」
『あぁ、我の本体は今でも同じ場所に在るな。』
「だから、雪を見ればいい気分転換になるんじゃないかって! 普段あんまりみたことないでしょう?」
『雪・・・』
ルークにつられるようにベランダの外へと視線を向け(たように感じた。)、今いる場所がグランコクマではない事にようやく気づいたらしい。
『ここは・・・・ケテル国か!』
「ケテル国? うぅん、ここはケテルブルグって所だよ?」
『あぁ、今はそのように呼ばれているのだったな。本物の雪など、久方ぶりに見るな。・・・・綺麗だ。』
「でしょう!? でも、偽者の雪なんてあるの?」
不思議そうに首を傾げる少女に、光球は小さく震えて笑った。
『いや、我がいる場所は、音素が溢れる場所。音素がまるで雪のように舞っているのだ。といっても、音素なのだから虹色に煌いて見えるが。』
「へぇ〜・・・・! それも綺麗そうだね! ルークもいつか見れる?」
『さぁ、流石な事がなければ、あの量は見る事はないだろう。』
「ローレライは見てるのに?」
『それは仕方ない。逆に我はよほどの事がない限り、そこから一歩も動けぬのだから』
「・・・・そっかーーー。それはそれで大変だぁ」
ルークの言葉に、ローレライは『全くだ、』と肩を竦めるように揺らいで見せた。(相変わらず器用な光球である。)
『して、何故ケテルブルグにいるのだ?』
「今日はジェイドお兄さんの妹さんの結婚式なんだって! 本当はジェイドお兄さんとピオニーが呼ばれたらしいんだけど、パパとルークも来てほしいから、って着いてきたの」
『ほぅ。それは目出度い事だな』
「めでたい?」
『あぁ、この言い方だとまだわからぬか。とても喜ばしい事だな、と言ったのだよ。』
「うんっ、そうだね!」
『ならば、ルーク。ちゃんと祝いの品を用意したのか?』
「祝いの、品?」
『そうとも。何か特別な、・・・特別な物でなくとも祝いの席では「おめでとう」と何か贈り物をするのが慣例だ。』
ローレライにしてみたら、ちょっとした確認の為に口にしたのだが(それをしなくて他の人間にルークが礼儀知らずと言われないか、ちょっとした親心も混ざっていたが。)、反対にルークは真っ青になって勢いよく立ち上がった。
「・・・・・ルーク、用意してない!!」
実際には、アスランがちゃんと用意しているのだが、ルークはそこまで知らなかった。
『む。それはいかんな・・・。ルークよ、式までにはまだ時間があるか?』
「うん、あるよ!」
『ならば、とっておきの贈り物をしてやればよかろう。』
「とっておき!? それ、なに? すぐ手に入る??」
思わずガシっと光球を掴んだルークに、ローレライは何を思ったか、恥らうように揺らめいた。
『・・・・・ルーク、意外に大胆だな・・・・・・////』
「そんなことは別にいいからっ! ルークが失敗しちゃったら、パパたちが恥ずかしい思いしちゃうかもでしょう!? 何かあるんだったら教えてローレライ!」
『そんなことっ!? ・・・・・まぁいい。雪が降る地方では、「雪の華」という物がある。』
「『雪の華』?」
『そうだ。第一音素と第四音素に愛された、珍しい華でな。花や茎、葉に至る全てが氷で出来てるのが特徴的だ。その上に雪が降り積もるものだから、「雪の華」と呼ばれ、それを手に入れたものは、幸せになると言われている。祝い事にはぴったりだろう?』
「それいい! どこにあるの!?」
『どこ、とまで場所は特定できぬが・・・・』
そう言って、ローレライはしばし沈黙し、意識をケテルブルグ周辺に向けた。
『あぁ・・・・丁度いい。すぐ近くにあるぞ。』
第一音素と第四音素が通常より濃い所を探せば、大抵当たる。
『北だ。この街の中に在る。』
「街の中に在るの?」
『そうだ。だがルーク、「雪の華」には特性があってな』
街の中にあると聞いて、ルークは素早く外出する準備を手早く済ませた。
その間にもローレライの言葉は続く。
『大抵、他の植物に寄生している。つまり、探すなら木だ。音素の流れも感じ取れば、ルークだったらすぐみつかるであろう』
「わかった!! ローレライ、教えてくれてありがとう! それじゃ、行って来るね!?」
『汝の健闘を祈っている。』
ローレライの言葉に少女は嬉しそうに頷き、パタパタと慌てて部屋を後にした。
それを確認したローレライもまた、何事もなかったかのように姿を消したのだった。
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