「美味しくな〜れ♪ 美味しくな〜れ♪」
メイドやコック達に手伝ってもらいながら、作り上げた渾身の力作であるカレーをかき混ぜるルークは上機嫌に歌う。
そんなルークの頭の上には、キラキラとした目でカレーを覗き込みながら一緒に歌うミュウの姿がある。(といっても、チーグルであるミュウはその名の通り、ミュウミュウとしか言ってないのだが。)
「これくらいでいいかなぁ?」
ルークは普段、料理など作ったことなどない。
それは今でこそ軍人の家系として成り立っているが、以前は貴族として栄えていたフリングス家の令嬢として当然の事である。
しかし今回は大切な人たちの為に、ルーク自らエンゲーブまで最高級のリンゴを手に入れ腕を振るったのだ。
――――彼らに喜んでもらいたい、だが料理は初めてだし・・・・・不安だ。
その気持ちを素直に顔に出したルークに、メイドやコック達は笑みを深めた。
「大丈夫でございますよ。お嬢様がお作りになられたのですから、美味しいに決まっております!」
「そうかなぁ?」
「そうですよ!」
どうにも自信が無さそうなルークは、一歩間違えれば呪いなんじゃないかと思えるほど、カレーをかき混ぜながら「美味しくなれ」と歌っていたのである。
まさかその歌声に惹かれて目に見えない程度の第七音素がカレーに混ざりこんだ事は、本人も周囲の人間も知らない。
しかしある種無味無臭ドーピング入りのカレーは、一口食べれば大幅に体力を回復させ、全て食べきれば体力の上限値を上げる魔法のカレーと進化していたのである。
まさにルークでしか作れない、奇跡のカレーとなったわけだが・・・・・当人はそんな事実を知らないので不安は払拭されずじまいだ。
「そういえば料理長さん! カクテルは大丈夫そうですか?」
「勿論にございます。」
エンゲーブの村人から『黄金のリンゴ』を使った美味しいカクテルの話を聞いていたルークは、それを料理長に作ってもらうよう頼んだのだ。
カレーの作り方は知っていても、カクテルの作り方は知らない。
だがさすがは料理長、実験とばかりに普通のリンゴ酒を使用してカクテル見事に作り上げてくれた。
料理長が作り上げたカクテルは、綺麗な赤・・・いや、どちらかというとルークの髪のような橙色に近いか・・・そんなカクテルだった。
「お嬢様は普通のリンゴジュースになりますので、ご容赦下さい。」
「エンゲーブの人のお勧めだから飲みたいけど、お酒だもん。しょうがないよね。でもリンゴジュースも美味しそう・・・・楽しみだな!」
「先程味を確かめさせて頂きましたが、このカクテルはどちらかというと食後にお飲みになられると良いでしょう。頃合を見て、今度はちゃんと『黄金のリンゴ』を使用したカクテルをお出しします。」
「そっか。ありがとう、お願いします!」
「かしこまりました。」
にっこりと一礼した料理長に頷き、メイドからシンプルながらも品の良いデザインのお皿を受け取った。
「よし、後は綺麗に盛り付けられれば完成だ!」
「頑張ってくださいですの〜!」
「おー!」
「・・・・さて、そろそろですかね。」
ルークが戻るのを今か今かと期待しながらも、今度の綿密な予定を組み立てていた幼馴染組とアスランは、ジェイドの言葉に頬を緩ませた。
「しかし、本当に驚きました。グランコクマに帰還してみれば、殿下がいらっしゃらない。ルークもいないと気づいて・・・・」
「おかげでルークの手料理が味わえるんだ。全部が全部悪い事じゃないだろ?」
悪びれもせず言い放つピオニーに、ジェイドは冷笑し、アスランは溜息を吐いた。
「結果論ですね。貴方、もしくはルークが怪我でもしてたなら、大騒ぎになるのは分かっていたでしょうに。」
「俺はそんなヘマはしない。」
「どうですかね。貴方がたの無謀さのおかげで、こちらは胃が痛いんですよ。」
「え。それお前が言うの?」
むしろ周囲を胃痛で苦しめてるジェイドが、大袈裟なまでに表情を悲哀に変化させ、胃を庇うような仕草をするのを見たピオニーは呆れかえった。
もしこの場にサフィールがいたとしたら、あまりの気持ち悪さと恐怖に怯えきっていただろう。
「・・・・報告を聞きましたよ。エンゲーブでも、随分活躍なされたようで。」
「俺の民を救って何が悪い。密猟者も捕まって万々歳じゃねぇか!」
「それを少しは自重しなさいと言っているのです。いずれはこの国の主になる殿下が首を突っ込む事ではありません!」
「まあそんなに怒るなよ、アスラン。俺だって無茶の限度は心得ているつもりだぜ?」
ピオニーの言葉に、思わず「どこがですか!?」と突っ込みたくなったアスランに、ジェイドが制止する。
ちなみに深い溜息付きだ。
「・・・・・・・・・・・非っ常に不本意ではありますが、ピオニーにそんな事を言っても無駄ですよフリングス中佐。そもそも無茶の限度は心得ているとかほざく人間が、暗殺者に追われて死にかけますか? あの時だってルークが機転を利かせ、フリングス中佐が助けて下さってなかったらどうなっていた事やら・・・・そうですね、ピオニー?」
「俺、運は良いからな! それによく言うだろ、結果良ければ全て良しってな!」
反省の色など皆無な素晴らしい笑顔に、全員が溜息を吐いた。
「カーティス少佐、物は相談なのですが・・・・」
「何でしょう、フリングス中佐。」
「殿下の護衛、もとい監視役を増員するのは如何でしょう?」
「無駄ですね。監視役が増えたところで、ピオニーはあらゆる手段を行使してあっさり抜け出すでしょう。」
「殿下に脱走を許してしまう護衛の不甲斐なさを悲しむべきか、殿下のそういう所だけ抜け目ない観察力と行動力に感服するべきか、悩み所ですね。」
「ピオニーに感服なんてしなくていいですよ。ただの馬鹿なんですから。」
「ちょ!? お前ら聞いてりゃ言いたい放題言いやがって!」
酷い! と騒ぐピオニーだが、残念ながら彼に同意する者はこの場には一人もいない。
そんな騒がしい部屋にノック音が響いた。
一瞬で彼らは視線を交わしあい、アスランが素早く扉を開ければ、待ちに待った少女の姿がそこにあった。
「ルーク!」
「パパ、お待たせ! 出来たら持ってきたよ。」
ルークの後ろには数人のメイドが既に控えていた。
「ほら、パパも座って!」
「ですが・・・・」
「いいから!」
手伝おうとするアスランを無理矢理座らせ、ルーク自らカレーを3人に配膳する。
それが終わり、自分の席に座ればメイドがすかさずルークのカレーを置いてくれた。
「へぇ、美味しそうだな!」
「ルーク、頑張ったもん。ピオニー、今日は付き合ってくれてありがとう! すっごく楽しかったよ!」
「俺もだ。」
「ジェイドお兄さん、パパ、お仕事お疲れさまでした。今日はいつも忙しい2人にカレーを作りました。初めて作ったからちょっと不安だけど、食べてくれると嬉しいな。」
「勿論です。私達の為にありがとうございます、ルーク」
「不味くない事を祈っておきますよ。」
アスランは嬉しそうに笑ってくれたが、ジェイドは皮肉気な笑みを浮かべる。
なにせジェイドはカレーにうるさいのだから、仕方ない。
顔を俯かせて唸るルークに、ジェイドは言葉を続ける。
「・・・・・ですが、ありがとうございます。」
普段他人を揶揄するような声とは違う・・・・本当に柔らかな声に思わず顔を上げれば、ジェイドが優しく微笑んでいてくれて、ルークはとても嬉しくなった。
「うん!!」
「・・・・じゃ、冷めない内に食べようぜ。」
「ええ、そうしましょう。」
「お代わりもあるからね!」
「「「頂きます。」」」
「どうぞ、召し上がれ!」
その後はもう、とても賑やかな晩餐となった。
ルークの作ったカレーを、3人はお代わりをして平らげた。
「おぉっ! すっげー美味いぞルーク! こりゃ宮廷料理人にも食べさせて精進させるか。」
と、未来の皇帝陛下は凄い勢いで口に運び。
「さすがはルーク、とても美味しいですよ。よく頑張りましたね。」
息女の頭を撫で讃えながら、一口一口味わいながら食べる父親。
「ふむ、少し甘めですか。まぁ、お子様であるルークが作ったのならこの味も納得です。ですがカレーは辛いこそカレーなのですから、次回はもっと精進する事ですね。」
口では些か厳しい評価を言いながら、それでも気に入らないカレーは一口も食べようとしない好みにうるさい軍人は、いつの間にか平らげたのか給仕しているメイドにお代わりを所望する。
しかもさり気なく次回まで希望する抜かり無さだ。
そしてメインディッシュである特製カレーを存分に味わった一行を、最後に待ち構えていたのはとても綺麗なカクテルだった。
「・・・・あぁ、ジャック・ローズですか。」
エンゲーブで作り方を教わった件のカクテルは、どうやらそれなりにメジャーなカクテルだったらしい。
だがそれを知らなかったルークは、不思議そうにジェイドを見上げる。
「じゃっく?」
「ジャック・ローズです。このカクテルの一般的な名称ですね。ルークが貰ったお酒は『黄金のリンゴ』を使用したブランデーだったのでしょう。これを一部の地域ではアップル・ジャックと言います。」
「それと合わせて、このカクテルの色味は赤。これを見た先人は薔薇の色だと思ったのです。だからジャック・ローズと呼ばれるようになったんですよ。・・・・それにしてもルークの髪色と一緒ですね、とても綺麗です。」
ジェイドに続きアスランから由来を聞いたルークとピオニーは、納得したように頷いた。
「へぇ! そういうカクテルだったのか。」
「おや殿下、ご存じなかったのですか?」
「名前は聞いたことあったが、由来は知らなかった。実際に飲むのも今日が初めてだな!」
「意外です。」
素直に驚きを見せたアスランに、ジェイドはくすりと笑う。
「ピオニーは、女性にも人気のあるカクテルはあまり飲みませんから。ブランデーだったら、そのままストレートで飲みますしね。」
成程、とアスランは頷いた。
確かにピオニーならば、カクテルを飲むと言うよりか、ブランデーを飲んでいるイメージがある。
「ま、手っ取り早く酔えるしな。」
「よく言いますよ、うわばみの癖に。」
「よし! アスラン、今度俺の酒に付き合えよ。それなりに飲めるんだろう?」
「え、まぁ・・・・。」
「止めておいた方がいいですよ。必ず潰されますから。」
「ひっでぇな! 次の日に持ち込ませるほど飲ませるつもりはねぇよ!」
「どうだか。」
「そういうお前だって酒強い癖に!」
「当たり前でしょう? 負けるのは癪なんですよ。」
「お、言ったな? じゃあ今度3人で酒盛り決定だからな! サフィールはすぐ潰れるから、つまらなかったんだよなー。」
思わぬ所で思わぬ話が急展開し、ルークが目を白黒している間にピオニー、ジェイド、アスランによる酒盛りの開催が決定された。
ピオニーとジェイドは万年雪国のケテルブルグ育ちであるから、その分お酒には馴染みが深いのだろう。(彼らと幼馴染であるはずの約一名は、その限りではなかったようだが。)
だが父であるアスランが下戸だと言う話は一切聞かない。
酔った所も、ルークは一度も見たことが無い。
誰が一番強いのか、談笑する3人を見比べてみるが予想すら難しい。
全員物凄く強そうだ。
「ルーク、」
「・・・っ、はい!」
己の思考に沈んでいた為、返事が上擦ってしまったが、話しかけてきた張本人であるピオニーは何とも思わなかったようだ。
味わうようにカクテルを一口飲み、この男が浮かべるとしたら珍しい部類に入る嫣然とした微笑を少女に向けた。
「美味い。」
たった一言。
ピオニーの表情とその一言に、ルークは自分の顔に熱が集中した。
鼓動が一気に加速していくのが自分でも分かった
何故かとても恥ずかしくて・・・・それなのに視線は彼から外す事ができない。
「たまにはこんな酒も良いな。」
「えぇ、そうですね。」
「ルーク、私達の為に今日は本当にありがとうございました。」
3人からの温かな微笑みに、つい直前まで暴れていた心臓が落ち着きを取り戻し、ルークは心底嬉しそうに笑ったのだった。
「うんっ!!!」
後に起こるであろう悪夢など、すっかりさっぱり忘れて。
「しかし・・・・・無断で宮殿や家から出て、2人だけで出かけるなど言語道断!」
「カレーとカクテルも堪能した事ですし。さぁ、ここからは貴方がたにとって楽しい楽しいお説教の時間ですよ?」
満面の笑顔でピオニーとルークを見つめるアスランとジェイドに、彼らは青褪めた表情で共に手を取り合って震えるほかに、道はなかったのである。
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