ルーク6歳、アスラン20歳、幼馴染23歳  『旅思。 3 』


 無事崖越えを制覇したピオニーとルークは、目の前に広がる白い砂浜を穏やかな海に眩しそうに目を細めた。
 港以外から初めて見る海にルークは顔を輝かせ、寄せては引いていく波の間際で、少女は飽きずに遊んでいる。
 その後姿を見ながら、ピオニーは「今度水着でもプレゼントして、遊びに行くかなぁ〜」と、アスランとジェイドが聞けば即行後ろから譜術を食らいそうなことを平然と思った。
 何にせよ、少女が嬉しい事は、ピオニーも嬉しい。
 しかもぴょこぴょこと跳ねたり走ったりする度、少女の可愛らしい猫耳やしっぽが揺れるのは見ていて楽しいものだ。
 とりあえず、ピオニーははしゃぐ少女に、ちょうど見つけた美しいピンクの貝殻を記念にとプレゼントし、とても喜ばれた。

 海岸を後にした2人は、そこでようやく昼食にしたのだった。

「後は、ここから南下するだけだ。山もさほど急でもないし、高くもない方だ。」
「へぇ・・・! 今度は何が見れるかな?」
「さぁて、例えいつも見ている風景だろうがそうでなかろうが、ルークがいれば、いつもと違く見れるのは確かだろうさ」

 そう言って笑みを深めるピオニーに、ルークはおにぎりを頬張りながら小首を傾げた。

「それってどういう意味?」
「ルークには、まだわからないか。だが、いつかわかる。」

 大切な人間と一緒に見る景色は、どんな物であろうと胸に残るということを。
 少女は未だ不思議そうにしているが、ピオニーは少女の唇の端についているご飯粒をとり、躊躇いなく自分の口に含んだ。

「食べたら行くぞ。あんまり長居すると、魔物たちに目を付けられるからな」
「うん、わかった。」

 ピオニーの行動に特に何を思うでもなく、ルークは残っているおにぎりを平らげた。





 魔物に乗りひたすら南下していくと、山越えする前に再び森の中へと入る事になった。
 けれど、今までの森とは違いどこか緊張をはらんでいた。

「・・・おかしい。空気がいやにピリピリしてやがる。」

 ピオニーが警戒しながら魔物を走らせていると、遠くの方から爆発音が響いてきた。

「誰かが譜術を使ってる・・・・!」

 音素の流れを敏感に感じ取ったルークは、驚いたように声を張り上げた。
 それにピオニーは表情を厳しくした。

「こんな辺境の森に誰かがいるって? あんまりいい予感がしないな」

 ましてやこちらは年端も行かぬ少女と男一人。
 男と言っても、皇族の人間だ。
 下手に首を突っ込んで、怪我でもしたら洒落にならない。
 だが、一体何が起こっているのか非常に気になる事ではある。

 さてどうするか、と思案した直後、今まで大人しかった恐竜型の魔物が暴れだした。

「きゃっ!?」
「何!?」

 慌てて綱を引くが、それでも魔物はまるで何かを恐れるように落ち着かなかった。
 そしてその原因はすぐわかる事になる。
 森の奥から、爆発音が聞こえてきた方向へとライガの群れが彼らの前を通り過ぎようとしていた。
 ライガの群れの中には一際大きいライガもいて、2人を乗せている恐竜型の魔物は、このライガたちを恐れていたのだ。
 ライガたちは2人のことなど見向きもせずに疾走していくが、群れの中の数匹が、ピオニーたちに襲い掛かってきた。
 魔物の本能でそれを避けたのだが、代わりに上に乗っていたピオニーとルークは突然の事に魔物の背から放り投げだされた。
 咄嗟にピオニーは少女を抱きこみ、何とか受身を取って着地をするが、恐竜型の魔物はライガたちに追い立てられ、逃げるように元来た道を戻っていった。

「・・・ルーク、大丈夫か?」
「うん、でも恐竜さんが・・・・」
「アレは賢い。無事に逃げられるだろう。何かあった場合、グランコクマまでちゃんと戻れる教育もされてる。問題なのは、置いてかれた俺たちの方だ。」

 ライガの群れは既に通り過ぎていたが、爆発音は先程よりも近くに聞こえてきた。

「段々こっちに向かってきてる・・・」
「森を抜けようとしてるのか。こっちに近づいてきてるなら、俺たちが動かなくとも鉢合わせるな。ルーク、木登りは得意か?」
「うん、できるよ!」
「よし!」

 とりあえず木を登って魔物の群れをやり過ごそうと、2人は太くて大きい木を登っていく。
 彼らが何とか安全だろうと思われる場所まで登りきると、すぐ近くで爆発音は聞こえてきた。
 同時に魔物たちの咆哮や、騒がしい気配も。
 やがて2人の視認範囲に騒動の原因と思われるものが確認できると、少女は息を飲んだ。

「ピオニー! 人が襲われてる!!」

 ルークの言う通り、数人の人間がライガの群れに襲われていた。
 いや、ライガだけではない。
 彼らに追従するように、数匹のチーグルが必死に人間たちを追っている。

「・・・・ルーク、よく見ろ。確かに人間が襲われてるが、襲われるだけの理由がある。」
「え?」
「密猟者だ。」

 忌々しげに舌打ちするピオニーの目には、人間たちが持つ鉄籠の檻の中に怪我をしたチーグルやライガの子が捕らわれてるのが見えた。

「俺の領土内で好き勝手やってくれるじゃないか・・・!」

 ライガたちが怒るのも無理はない。

「ルーク、俺はライガたちに加勢してくる!」
「え!? でも同じ人間だって、襲われたらどうするの?!」
「だからと言ってこのままにしとけない。ライガは奴らを殺そうとしている。だが密猟者がいるってことは、それを非合法に買う奴がいるってことだ。奴らを捕まえて、密漁ルートを吐かせる必要がある。それに、ライガは頭がいい。自分に害意があるかそうでないのか、ライガは敏感に察するだろう。ルークは、ここから動くな。ここにいれば、大丈夫なはずだ!」
「ま、待って!! ルークも―――」

 連れて行って! と言葉を返すよりも早く、ピオニーは木から飛び降りた。
 後方のライガばかりに気を取られていた密猟者の前に降り立ち、ピオニーは腰から双剣を抜いた。

「悪いが、ここから通すわけにはいかないんでな!」

「!!?」

 まさか自分たち以外に人間がいるとは思わなかったのだろう、密猟者が驚き固まった所を、ピオニーは容赦なく斬りつける。
 ピオニーが足止めしたおかげで、ライガたちも密猟者に追いついた。
 そのまま魔物と人間の乱戦が繰り広げられる中、ルークはそわそわと戦闘を見下ろしていた。
 ピオニーが言う通り、何故かライガたちはピオニーを襲おうとはしていないが、それでも乱戦になっている為か、ライガの鋭い爪が彼を掠っている。
 その様子を見て、ルークはきゅっと唇をかみ締め、決意をした。
 確かに彼が言う通り、このまま木の上にいれば怪我もなく無事でやり過ごせるかもしれないが、ピオニー自身は戦っているのだ。

「・・・・ルーク、守られるだけなのは、嫌だよ・・・・!!!」

 ルークだって、守りたいのだ。
 大切な人・・・・ピオニーを。

「ルーク・コーラル・フリングス、・・・・・行きます!」

 気合一閃、ルークもまた木から飛び降りた。

「炸裂する力よ! エナジーブラスト!!」

 チーグルとライガの子を捕らえていた人間に、ルークは譜術を発動させた。
 その衝撃で鉄籠を落とした男に、ライガが襲い掛かる。

「・・・ルーク!? 何故下りてきた!」
「ルークだって、戦えるよ!!」
「だからって・・・!」

 ピオニーが驚いてルークの側に行こうとするが、密猟者の刃がそれを許さない。

「えぇい! 邪魔だっ」

 苛立たしげに切り結ぶピオニーの他所に、ルークは密猟者が落とした鉄籠へと急いで近寄る。
 鉄籠の中には、罠によって傷ついたチーグルやライガの子が入っていた。
 ルークが鍵をかけられてる籠を壊そうと、再び譜術を唱え始めた時、捕らえた魔物たちを取り返そうと男が少女に向かって剣を振り上げた。

「・・・ルーク!!!!」

 ピオニーがそれに気づいて急いで駆け寄ろうとするが、間に合わない。
 ルークの方も、切られる覚悟をしてぎゅっと目を瞑るが、予想した痛みは来なかった。

「みゅみゅ〜!!」

 チーグルの声がすぐ耳元で聞こえたかと思うと、青いチーグルは剣を振り上げた人間に向かって炎を吐いたのだ。
 まさかチーグルが炎を吐くとは思わなかった男が動揺して後退したところに、すかさずライガが飛び掛る。

「・・・・ルークを、守ってくれたの?」

「みゅ!」

 呆然と自分の肩に乗る青いチーグルを見つめると、小さな聖獣は誇らしげに鳴いた。
 他のチーグルが捕らわれたチーグルを救い出そうとしているのを見て、ルークは青いチーグルを一撫でしてから、譜術を発動させた。

「エナジーブラスト!」

 威力を十分制御して発動された譜術は、中に捕らわれたチーグルとライガの子を傷つけずに檻から救い出す事が出来た。
 チーグルたちは、すぐさま捕らえられていた仲間の下へと駆け寄る。
 他のライガたちも、同族が救い出された事がわかったのだろう。
 ルークの周囲に数匹のライガが、少女たちを守るように密猟者たちの前に立ちはだかった。
 それから少しも経たない内に、一際大きいライガが咆哮を上げた。
 それが、戦闘終了の合図でもあった。

「ルーク! 怪我はないか!?」
「ピオニー!」

 密猟者たちを死なない程度に切り伏せ、ピオニーは少女を掻き抱いた。

「・・・・心配したぞっ!」
「ルークだって、心配したんだからぁ!!」

 ルークもまた、ぎゅっとピオニーに抱きついてから、彼が怪我をしているのを思い出した。

「ピオニー、怪我を治さなくちゃ!」
「あ、あぁ・・・・これくらいどうってことない」
「ダメ!」

 ルークはピオニーの腕から逃れ、一つ深呼吸した。

「・・・・命を照らす光よ、ここに集まれ。ハートレスサークル!」

 ルークがそう唱えると、通常の回復譜術よりもさらに広範囲にわたる譜術が発動した。
 怪我をしたピオニーは勿論の事、罠で傷つけられたチーグルやライガの子、先程の戦闘で怪我したライガたちや、密猟者たちの怪我もしっかりと治っていた。

「・・・成程。ジェイドの言った通り、回復譜術に関しては特に秀でてるようだ」
「うん、ジェイドお兄さんもビックリしてた。」
「さすがだ、ルーク」

 ピオニーに褒められて、ルークは嬉しそうに笑った。
 ライガの子は嬉しそうに群れの中へと帰り、チーグルたちも感動の再会を果たしていた。
 そんな中、一際大きいライガが、2人の前へと進み出た。

「・・・・グルルルル・・・・『人の子よ、私の子を助けてくれて感謝します。』」

 普通に耳ではライガの唸り声が聞こえるのに、2人の頭に直接言葉が入り込んできたのには、ピオニーもルークも驚いた。

「しゃ、しゃべった!?」
「・・・・ライガって喋れるのか?」

『いいえ。人の子が持つ響律譜の力を借りて、私の意思を伝えています。』

 そう言って、ライガはルークをすっと見つめた。
 ピオニーも驚いてルークを見下ろすと、ルークも胸元がほのかに光っているのにようやく気づいた。
 ごそごそと服の中から光っている物を取り出すと、それはいつかの折り、ルークがローレライから貰った特殊な譜陣を模ったペンダントであった。

「・・・・これ?」
『そうです。私はその力を借りて、今貴方がたに意思を伝えています。』
「へぇ・・・。それにしても、密猟者ってのは結構現れるのか?」
『ここ最近特に。私の一族や、そこにいるチーグル族が主に被害を受けていました。』

 ライガの言葉に応えるように、あのルークを助けた青いチーグルが一歩進み出た。

『はいですの! ミュウたちは長老から、同胞たちが行方不明になる原因を探って来いって言われましたの! そしたらちょうどライガさんも原因を探ってるって聞いて、一緒に原因を探してましたの!』
『私はライガの女王として、この状況を見過ごすわけには行かなかったのです。』

「ライガの女王! ・・・・・実際に初めて見たな。」

 まじまじと一際大きいライガを見つめてから、ピオニーは何を思ったのか、ライガたちやチーグルたちに頭を下げた。

「俺たち人間の所為で、お前たちの安息を奪う事になってしまった。同じ人間として、謝りたいと思う。申し訳ない!」

 その言葉に、ルークも慌てて頭を下げた。

「ごめんなさいっ」

『頭を上げなさい、人の子ら。私は人間の中に、我らに害する者と、友好的である者と二種類いる事を知っています。』
『ミュウも知ってますの!』
『我らは害意を持つ者には容赦しませんが、友好的である者をどうにかしようとは思いません。特に、貴方がたは我らに味方した。普通の人間であるなら、魔物に襲われていると、例え密猟者であろうと守ろうとし、我らと敵対したでしょう。心優しき、意思強き者たちよ。我らは貴方がたに助けられた。こちらこそ、礼を言います。』
『お二人のおかげで、仲間を助けられたですの。ありがとうございますですの!』

 魔物たちに礼を言われると言う何とも貴重な体験に、思わずルークとピオニーは顔を見合わせ、苦笑した。


back←   →next