ふと、少女は何かに呼ばれたような気がして、伏せていた目をゆっくりと上げた。
最初に目に映ったのは、見慣れた自室の天井だった。
今日は父親の同僚でもある、ジェイドの昇進祝いとサフィールのお別れ会を兼ねたパーティだったのだ。
ルークは案の定はしゃぎすぎて、気がついたら眠ってしまったようだった。
アスランか誰かが、ルークを自室まで運んでくれたのだろう。
パーティを開いた広間から明かりと、泣き声やら破壊音がまだ聞こえてくるから大人たちはまだ騒いでいるのだろう。
ルークは眠たそうに瞼をすりながら、ふとバルコニーへと視線を向けた。
バルコニーのさらに先、広間近くの庭に一人の男が立っているのが見えた。
暗がりでも輝いて見える、少女が大好きな人。
「・・・・ピオニー・・・・」
小さく呟いた言葉でも聞こえたのだろうか。
彼もまた、視線をルークの部屋・・・・ルーク自身へとあわせた。
現実的にはあり得ないことであったが、少女と男はまるで惹かれあうように、お互い距離を詰めていく。
ルークは裸足のまま庭へと降り立ち、男の元へと小走りにかけていく。
ピオニーも、心なしか歩調を速め、お互い手を伸ばせば届く距離で立ち止まった。
しばらく無言で見つめあい、最初に口を開いたのは笑みをたたえたピオニーの方だった。
「・・・・起こしたか?」
「うぅん。ルーク、自然に目を覚ましたの。・・・みんなは?」
「サフィール虐めで白熱してるぞ」
きっと白熱してるのは、ジェイドとアスランだけじゃないだろうか。
丁度いいタイミングで、またもや悲痛な叫び声が広間の方角から聞こえてきて、2人は思わず噴き出した。
「サフィールお兄さん、大丈夫かなぁ」
「安心しろ。奴は生命力だけはピカ一だからな。」
「でも・・・何だか今日はパパの様子もおかしかったし・・・」
普段はジェイドとサフィールのやり取りを微笑ましく見守っているだけの父親が、今夜に限ってまるで八つ当たりするように参戦する姿が浮かんできて、ルークは困ったように笑った。
「気にするな。アスランだって遊ぶことはある。」
その一方的に遊ばれているのは彼の幼馴染であるはずなのだが、ピオニーは笑ってその事実をスルーした。
「・・・・それにしても、レディがこんな夜遅くに庭とはいえ、外に出るのは感心しないな。しかも裸足で、怪我でもしたら一体どうするんだルーク?」
ふわりとルークを抱き上げた男は、優しく問いかけた。
ルークもさすがにサンダルくらいは履いてくるのだった、と後悔して素直に謝った。
「ごめんなさい、ピオニー」
「いや、だがおかげで俺はこんなにも可愛らしい夜のレディに会えたからな。役得、か?」
にやにやと笑ってルークの寝巻き姿を見つめるピオニーは、はたから見たら危ないお兄さんそのものだ。
当のルークと言えば、えへへと恥ずかしそうに笑っただけだ。
だがもし他にも少女の姿を見ていた者がいたのならば、ピオニーの言葉に大いに同感しただろう。
少女は白いキャミソールに、かぼちゃパンツ、同色の上着を羽織り、いつも首から提げているペンダントをしている。
寝癖が少しついた様子も、尚愛らしい。
思わず目を細めたピオニーに、ルークは無邪気に問いかけた。
「・・・でもピオニー、どうしてお庭にいたの?」
「それは・・・・秘密だ!」
ピオニーの言葉を聞いた途端、ルークはずるい!と男に顔を近づけた。
「何で教えてくれないの〜?」
「秘密は秘密だ!」
朗らかに笑って、ピオニーはルークの部屋のバルコニーにセッティングされてる椅子へと、ルークを下ろした。
その横に、ピオニーも腰を下ろした。
「むぅ〜・・・・」
「あぁ、そう不貞腐れるな。」
「だってぇ・・・・」
ルークはいまだに聞きたそうにピオニーを凝視していたが、ピオニーも話すわけにも行かない。
まさかルークにいつ告白しようかと悩んでいたら、結局いつの間にか眠ってしまったルークを想っていたのだなんて、情けなくて恥ずかしすぎる。
だが、幸運にもチャンスはやって来た。
丁度今なら、邪魔をするアスランやジェイドはいない。
話すなら、今しかないだろう。
「なぁルーク」
「なぁに?」
「ルークは、この国が好きか?」
いきなり何を言うのか、と不思議そうに小首を傾げたルークだが、見つめるピオニーの視線があまりにも真剣だったから、ルークも真剣に答えた。
「大好きだよ。だってここにはパパも、ピオニーも、ジェイドお兄さんやサフィールお兄さんもいるもん!」
そう言えば、少しだけ張り詰めたような目をしていたピオニーの表情が和らいだ。
「・・・そうか。良かった。ルーク、俺は・・・・・・・お前が好きだ。」
「? ルークもピオニーのこと好きだよ?」
「あぁ。嬉しいな」
ピオニーの告白にも、鈍いルークはそのままさらっと流したが、彼は少女の言葉に純粋に嬉しそうに笑った。
「だから、俺はいつかお前を娶ろう。」
笑みを浮かべたまま、ピオニーは少し癖のついたルークの髪をすくい上げ、そっとその毛先に口付けた。
ピオニーの急な行動に驚いたルークは眼を丸くして、ごく近い距離にある男の目を見つめた。
「めとるってなーに?」
「ルークを俺の妻にする。・・・・俺のお嫁さんになってくれるか?」
ようやくピオニーの言葉の意味を理解したルークは、一気に顔を赤くした。
自分は今、求婚されているのだと、ようやく理解したのだ。
「で、でもっ! ピオニーは一番偉い人になるんでしょ!? ルーク、ピオニーのこと好きだけどっ・・・・・つりあわないよ。」
最後の方はぽつりと、俯きながら言葉を吐いた。
父親から何度も聞いた。
ピオニーはいずれこの国の一番偉い人・・・・王様、になるのだと。
王様は、綺麗なお姫様と結婚して幸せになるのだと、ルークは絵本で知っていた。
それが自分になるかもしれないなどと、ルークは露ほどにも思っていなかった。
「ルークお姫様じゃないし、可愛くもないよ。頭良くないし、不器用だし・・・・・・それにルーク、普通じゃないレプリカだし・・・・・」
その事実もまた、父親たちに真剣に聞かされた事実だった。
「何だ、そんなことで悩んでいたのか? 言っただろう? 俺は、俺たちは、そんなこと関係無しにお前を大事に思っていると。俺に至っては、それ全部ひっくるめてお前を愛している。」
だがピオニーはルークの言葉をあっさり一蹴し、笑ったのだ。
そしてふとすぐに真剣な表情に戻る。
「俺はこれから、3回、お前に告白する。」
「え?」
「今日はその1回目だ。」
ルークは不思議そうな顔をして、ピオニーの顔を覗き込んだ。
そんな少女をピオニーは喉の奥で笑って、少女の髪を弄んでいた手をルークの頬へと滑らせた。
「俺の住む所はな、とても恐ろしい所だ。」
「怖い、の?」
「そうだ。裏切りを常とし、味方だと思った者が次の日には敵になっているかもしれない。そういう所だ。その中でも勿論、最初から最後まで俺を信じてついて来てくれる人間もいる。」
ピオニーはふと、広間の方へと視線を向けて、笑った。
そこには、アスランやジェイド、サフィールがいるはずだ。
「敵が多くて、逃げ出したくなる日もある。でも俺はこの国が好きだ。知っているか? 港から見た朝焼けは格別に綺麗だ。この街は飯も上手いしな。十数年前まで戦争をしていたと思えないほど、活気に満ち溢れている。俺はそんなこの国が好きだから、逃げ出しはしない。今はまだ敵の方が多い。だが、着実に味方を増やしていける。」
「ピオニー・・・」
「だからな、ルーク。俺はお前に3回告白する。1回目は・・・ただ一人の男として、ルークに好きだと伝えた。2回目に、男としてもこの国を統べる者としても、ルークに求婚する。3回目、これが最後だ。1、2回目に俺を受け入れてくれても、3回目に拒絶されたら俺は何も言わない。逆に3回目・・・・もしその時俺の気持ちに応えてくれるというのなら。」
「・・・・ルークが、ピオニーを好きだと言ったら・・・・?」
そう言うルークの声は、まるでうわ言のように頼りないものだった。
ルーク自身、間近にあるピオニーのどこかうっとりとした青い目から、視線を離せなかったのだ。
彼は、それはそれは綺麗に微笑んで見せて。
「もう、離さない。」
そう言った。
彼の呟きはとても小さく、顔を近づけてなかったのならしっかり聞こえなかっただろう。
だがそこに宿る決意だけは、彼が本気だとルークでも容易に理解できた。
「ルーク、お前を俺の妻に娶ろう。そうして、ルークと一緒にこの国で生きて行きたい。」
「・・・・どうして・・・・?」
「ん?」
「どうして、わざわざ3回もルークに聞くの・・・?」
「さっきも言っただろうけど、俺の生きる所は、とても安穏とした場所ではないんだ。もう、嫌と言うほど裏切りを目にしてきた。人の思いは、変わってしまう。長い時間をかければかけるほど、変質していってしまう。」
自嘲的に笑む男に、ルークは自分の頬を包む手に自らの手を重ね、そっと擦り寄った。
「悲しいね・・・。でも、変わってしまう物もあるかもしれないけど、でも変わらない想いだって確かにあるはずだよ」
「ルーク・・・」
「ピオニーは言ったよね。1回目は一人の男としてルークに告白するって。・・・・・・・・ルークも、好きだよ。」
思いがけない言葉に、ピオニーは目を瞠った。
目の前で少女が頬を染めて、照れたように笑っていた。
「ルークは、ルークとして、ピオニーが好きだよ。きっと明日にはもっと好きなってるよ。明後日にはもっともっと! これもきっと変わっていくという事だと思うけど・・・・でも、ルークがピオニーの事が好きな事は、ずぅーっと変わらない。」
「ルーク・・・・」
「ピオニーは怖いところに住んでるって言ったよね。だったらルークも巻き込んで。ルークも一人じゃ怖いかもしれないけど、二人だったらきっと大丈夫。パパも、ジェイドお兄さんもサフィールお兄さんもいるもん! みんなでピオニーを守るよ、そうしたらピオニー敵なしだね!!」
にっこり笑った少女に、ピオニーは思わず少女を抱きしめた。
反動でルークが座っていた椅子が倒れたが、ピオニーには関係ない。
その様子は、ピオニーがルークを抱きしめると言うよりも、ルークにすがり付いている、と言う表現の方が的を射ていた。
「ピオニー、ピオニー・・・・泣かないで。ルーク、強くなるよ。ピオニーを、守れるくらい、強くなる。」
「馬ッ鹿、泣いてる訳ないだろ? それにそれは俺の台詞だっ」
確かに泣いていないかもしれないが、ピオニーが零した声は、震えていた。
「ねぇ、ルークはピオニーが好き。ルークはまだまだ何の力もないけど、きっと誰にも文句言わせないくらい、頑張って見せるよ。怖くても、立ち向かっていけるように・・・・だから、もう一回言って。」
ルークが、抱きついたままのピオニーの髪を引っ張ると、彼はのろのろと顔を上げた。
彼の美しい青い目が、ゆらゆらと揺れていた。
それでも彼は笑って見せた。
「・・・ルーク、俺は、お前が愛しい。」
「うん! ルークもピオニーの事、好きだよ!」
そう宣言して、ルークはちゅっと音を立ててピオニーの唇を奪った。
一瞬唖然としたピオニーは、次の瞬間爆笑した。
小さな少女を抱きながら、彼は泣くほど笑い続け、けれど幸せそうに笑っていたのだった。
「で。お父上は動かないんですか?」
どこか揶揄したようなジェイドの言葉に、アスランは不貞腐れた表情を隠しもせず舌打ちした。
そんな2人をビクビクしながらサフィールは見上げた。
「こちらとしては、あんな話を聞かされちゃ、動くに動けませんよ。」
実はこの3人、ルークの私室のドアの隙間から成り行きを見守っていたのだ。
もしルークが嫌がるようだったら(もしくは嫌がるような事をしていたら)、遠慮なく乱入できたと言うのに。
「いやぁ、お父さんは辛いですねv」
「黙ってくださいカーティス少佐。」
「酒を飲むのでしたら付き合いますよ? 全く、我々にはあの空気は甘すぎる。」
「それはいいですね。是非とも口直しをしましょう。」
2人は気づかれないようにドアを閉め、そそくさと広間へと戻っていった。
その後ろをサフィールが慌ててついていく。
「・・・・お父さん?」
ぽつりと何気なく零したサフィールの言葉に、前を歩いていたアスランとジェイドは何事かと振り返った。
「ルークと、ピオニーが結婚したら・・・・フリングス中佐がピオニーのおとう」
さんになるのか、と全てを口にする前に、巨大な氷の柱と落雷が、派手な衝撃音を響かせて同時にサフィールを直撃した。
「「それ以上言ったら殺します。」」
にっこりと微笑む、表面癒し系軍人と腹黒美人系軍人に、サフィールはかろうじて命を繋ぎとめ、しくしくと泣いていた。
どうやらサフィールの怖いもの知らずな発言は、少女の自他共に認める保護者たちを大層不愉快にさせたらしい。
そのまま何事も無かったかのように去って行く2人を見ながら、サフィールはさらに涙を零し始めた。
「私が何をしたというのです・・・・!! もう少し、優しくしてくれたっていいじゃないですかぁ・・・・・・・」
アスランはともかく、ジェイド相手にそんなモノを求める事自体が間違っている事に生憎サフィールは気づいていなかった。
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