「宮廷作法?」
「そうです、ルーク」
目の前の困ったような顔で笑う父に、ルークは小首を傾げた。
「日常的な知識も大体覚えてきたことですし、ルークには貴族たちの作法を覚えて貰わなければなりません。」
「どうしてー?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・フッ。この上なく腹立たしいのですが、もしかしたら必要になる、かも! 知れませんので(そうだ、あくまでまだ可能性の話だ!)、覚えておいて損はないでしょう。・・・・・・・あぁ、やっぱりもう一発殴っておくべきだったか・・・・・・・」
どこか遠くに視線を向けながら、まるで自棄になったように吐息を漏らす珍しいアスランの姿に、ルークは益々不思議がった。
「・・・何だかよくわかんないけど、覚えて損はないなら、ルーク頑張って覚えるよ!」
ルークの言葉に、アスランは安堵したようなでも納得してなさそうな顔で一度頷き、後ろに控えていたジェイドを振り返った。
「少佐」
「わかりました。それでは、ルーク。これから私が貴方の教育係になります。私は厳しいですよ〜?」
いつもの笑顔を振りまきながら小さな少女に脅しをかけるが、ルークは驚いて目を見開きながら一生懸命ジェイドを見上げた。
「ジェイドお兄さんが教えてくれるの!?」
「えぇ。」
「お仕事は?!」
「今日からルークに作法を教えることが、主な仕事ですかねぇ。それとも私では不満ですか?」
意地悪く(表面上)悲しそうにしてみると、案の定少女は慌ててジェイドの腰に抱きついてきた。
「そんなことないよ! ルーク、ジェイドお兄さんのこと好きだもん! ジェイドお兄さんが教えてくれるなら、ルーク頑張って覚えるから!!」
必死で慰めようとしているのか、小さな腕でぎゅっと抱きこまれてしまえば、ジェイドは抑えきれずに笑いをこぼした。
あまりの可愛さに、アスランも思わず微笑む。
「少佐、息女をからかわないで下さい。」
「・・・フフッ、これは失礼しました。」
「しょうさー? ジェイドお兄さんは大尉じゃなかったの?」
ルークの素朴な疑問に、ジェイドは苦笑してアスランは微笑みながら頷いた。
「そうですよ、ルーク。カーティス少佐は大尉から昇進しました」
「面倒ですけどねぇ」
「すっごーい!! すごいすごいジェイドお兄さん! じゃあ今日はお祝いしようよ、パパ!」
「勿論ですよ。ちゃんとお祝いしましょうね?」
「ピオニーは!? ピオニーも来る!?」
少女の言葉に2人の男は突然動きを止めた。
いきなり硬直してしまったアスランとジェイドに、ルークはとりあえず抱きついたままのジェイドを気づかせる為に、軽くゆすった。
「ジェイドお兄さん?」
「・・・・・・・・えぇ。ピオニーも、宮殿を抜け出して後から来るでしょう。」
「ホント!? やったぁ!」
ジェイドが答えるまでの不自然な間も気にせず、ルークは頬を染めて喜んだ。
自らの仕える主人が来れば、先日の騒動の原因の話題がルークに話されるだろう。
そうしたら一体少女はどのような答えを返すのだろうか。
気がついたらアスランは声を出していた。
「ルーク」
「はい!」
「ルークは殿下の事をどう思っていますか?」
アスランとジェイドのいつもより真剣な表情にも関わらず、ルークはそれに気がつくことなく2人へと花が咲き綻ぶかのように笑った。
「だぁーい好き!」
その言葉が、余計大人2人を複雑な気持ちにさせるとも気づかずに。
大人2人が楽しそうな娘に何とも言えず悶々としている中、ジェイドの昇進祝いの準備は着実に進んでいく。(ジェイドの昇進祝いなのだから手伝わなくていいとルークは言ったが、「やることもないので。」とあっさりジェイド本人によって却下された。)
と、リビングを飾り付けている途中で遠くからドドドドドッ!!という何かがこちらに向かってくる音が聞こえてくる。
その音の主はアスランの家の前で急停止したかと思えば、チャイムやノックもせずに荒々しい音を立てながら家の中に入って来た。
一体何事かと驚いて目を丸くするルークの前に、アスランはさり気なく進み出る。
ジェイドも玄関から一番近いドアの近くに待機し、いつでも槍を取り出せるように構えた。
扉の向こうで、アスランの家を守護する兵士やメイドの止める声が聞こえてくるが、そんなこともお構いなしに進んできてるようだった。
そしてその音の持ち主が、大きな音を立ててリビングのドアを開け放った直後。
「じぇいどぉおお、おおおおお!!!!!????」
何だか思いっきり聞いたことのある声がジェイドの名前を叫んだかと思ったが、不審人物はそのジェイド本人によって足を引っ掛けられた挙句、転倒した所を眼前に槍を突きつけられてしまった。
「・・・・あれー? サフィールお兄さん、どうしたの?」
アスランの後ろからぴょこりと顔を出した少女は、そこに倒れているのがサフィールだとわかると、ジェイドが槍を突きつけているのにも関わらず、近づいて倒れている彼の側にしゃがみこんだ。
「ど、どどどどうしたのじゃありませんよ!!!!」
「おやー、いきなり他人様の邸宅に侵入してきた人間が、そんな口聞いていいと思ってるのですかー?」
「まぁまぁ、少佐。それぐらいにして槍を納めて下さい。」
アスランがサフィールを追ってきた兵士とメイドに大丈夫だと告げて解散させた後、苦笑しながらそう言った。
ジェイドも渋々といった態で槍を消した。
「それにしてもネイス博士。一体そんなに急いでどうしたんです?」
「もしかしてサフィールお兄さんも、ジェイドお兄さんのことお祝いしに来たの?」
少女だけは相も変わらず暢気に笑っているが、ルークの言葉にがばりと起き上がったサフィールはそのままジェイドの胸倉を掴もうとしたが、あっさりと避けられてまた顔から突っ伏した。
「じぇーいーどおおおおおおおお」
「いきなり何ですか鬱陶しい。」
「今日という今日は許しませんよ〜! 行きなさい、タルロウ改!!」
『ヅラ〜!』
思いっきりぶつけたのだろう、赤くなった鼻を押さえながらサフィールは涙目で叫んだ。
と、どこからとなく現れたまるっこい小型の譜業ロボットがジェイドに向かって突進していくが、ジェイドは容赦なく槍で串刺しにした後既に唱えていたエナジーブラストで見事に粉砕して見せた。
その間5秒少し。
タルロウ改と呼ばれた小型譜業ロボットの出番は強制的に終了させられた。
「あぁあああああ!!! わ、私のタルロウ改がーーーーー!!!!!」
「相変わらず頭の弱いものばっかり作ってるようですねぇ。壊し甲斐のない。」
既に残骸と成り果てたタルロウ改を抱き寄せて、サフィールはキッとジェイドを睨んだ。
ジェイドにとって、サフィールの睨みなど痛くも痒くもない。
「で、何なんですか?」
「そーですよ!! 貴方がプロジェクトから一方的に抜け出した所為で、しわ寄せはぜーーーーんぶ私の方に来てるんですよ!? しかも貴方が今どうしてるのかピオニーに聞いてみたらルークの教育係でしかも昇進!? おかげであのくそジジィの相手は全部私!!!! じょーっだんじゃありません! 今すぐ戻ってきてください!!」
今まで溜まりに溜まっていたのだろう不平不満を暴露するが、ジェイドは一度眼鏡を押し上げてから、にっこりと満面の笑顔を貼り付けた。
「嫌ですv」
「ウキーーーーーー!!!! そんな我が侭許されると思ってるんですか!?」
「勿論! ピオニーが許しましたから。」
次期皇帝が許したという言葉に、サフィールは思わず唇を閉ざして息を飲んだ。
「それに、大概私もあの愚帝に仕えるのは疲れてきましてねぇ。そんな面倒なことは全て貴方に任せますよ、光栄に思ってください。」
「誰がそんなこと喜びますかっ、嫌ですよ!! 嫌に決まってるでしょ!?」
「貴方の事なんか知ったこっちゃありませんよ。」
無駄に爽やかな笑顔でサフィールの涙の訴えを一刀両断して見せたジェイドは、槍の柄の先で泣き崩れる(一応)幼馴染をツンツン突きながら、今まで静観していたアスランとルークに視線を向けた。
「フリングス中佐、これ、どうします?」
暗に放り出した方がいいと目で訴えるジェイドに、アスランは苦笑しながら首を横に振った。
「いえ、これからパーティも始まりますし、殿下のことですからネイス博士の事もお呼びになるでしょう。ならばこのままでもよろしいかと思いますが。」
「こんなのに祝われても嬉しくも何ともありませんけどねぇ」
「そう言わないで下さい。」
何気に2人とも酷い。
男2人の会話を聞き流しながら、少女は今度こそサフィールの目の前にしゃがみこんだ。
「サフィールお兄さん、泣いているの?」
「うぅ・・・! あの陰険鬼畜眼鏡〜」
復讐日記に書いてやる〜! 次こそは、次こそはぎゃふんと言わせます・・・・!!!
ジェイドとサフィールをそれなりに知っているものが聞けば、「・・・またか。」とか「無理無理。」と突っ込む所だが、生憎呻き声に近い言葉を聞いていたのはルークだけだった。
「サフィールお兄さん、ジェイドお兄さんを驚かせたいの?」
「驚かせたいんじゃなくて勝ちたいんです・・・!!」
「ん〜・・・・、じゃ、修行に出てみるとか!」
「修行・・・?」
「うん。あのね、ルーク、本で読んだんだけど、自分の力が劣ってる時やさらに伸ばしたい時は修行って言うのすれば、大丈夫なんだって!!」
その前にどうしてそんな本を読んでるのだとか、本当に修行の意味を分かって言ってるのか、判断に苦しむ所だ。
けれど色々切羽詰っているサフィールにはまさに天使の声。
「・・・・そうですよ! 今敵わないのだったら修行すればいいんですよ!! こうしちゃいられません! くそジジィの為のフォミクリー研究も嫌気も差していたことですし、何か新しいアイディアを組み立てて、・・・・その為にはより多くの知識が必要ですね・・・・。禁書や創生暦時代の情報が集まる場所・・・・ダアトしかないじゃないですか!!」
「サフィールお兄さん、ダアトに修行しに行くのー?」
「えぇ行きますとも! ジェイドがプロジェクトから抜けたんですから、私も抜けても問題ありません! というか辞めてやるあんな仕事おおおおお!!!!!」
「サフィールお兄さん、ダアトって所に行ったらお手紙かいてね! 必ずだよ!!」
悲壮な決意を固めるサフィールとにっこりと笑うルーク。
話が繋がっていないようで繋がる所も不思議だ。
と、そこにリビングの扉がもう一度開いた。
「よーっす! お、結構綺麗に飾りつけしてるじゃねーか」
「ぴーーーおーーーーにぃいいいいいいい!!!!!!」
「うぉ、おおおおお??」
新たに入ってきたのは、言わずもがなピオニーその人であった。
サフィールは普段から考えられないほど素早い動作で、ピオニーに詰め寄った。
「私、ダアトに出奔しますから後よろしくお願いします!!!!!」
「はぁあ?」
何も知らないピオニーが、大泣きしているサフィールに詰め寄られて思わず身を引く。
そこで何があったのかをかいつまんで聞いた次期皇帝陛下は、あっさりと了承の意を示した。
「ただし、条件がある。」
「何ですか?」
「マルクトからの客員博士としてダアトに行くこと。定期的な報告義務。それだけだな!」
「わかりました。」
一時も早くダアトに行きたいサフィールは、一も二もなく頷いた。
その日のパーティは、ジェイドの昇進祝いだけでなくサフィールのお別れ会を兼ねて、盛大に行われたのだった。
「絶対、ぜーーーーったい見返してやりますからね!!!」
「洟垂れの癖して私にたて突こうなど百万年早いですよ。」
「ムキーーーーーーー!!!!!!」
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