アスラン19歳、幼馴染22歳  『策定。』


 その日、ピオニーはとても機嫌が悪かった。
 その理由は今自分の机の上に置かれた山のような書類である。
 けれどそれはマルクト帝国後継としての執務ではなく、大臣や貴族連中がこぞって置いてった自分の、もしくは自分と近しい者の女性に関しての書類。
 つまりは、お見合いの為のもの。

「クソジジィども・・・・! よほど俺に婚約者を作らせたいみたいだな」

 あまりの忌々しさに、ピオニーは誰もいない自室で隠しもせず舌打ちした。
 ピオニーも成人式を終えて今年で2年。
 特定の相手を作らないのは、貴族連中にとってまだチャンスがあると言うこと。
 それがこの所熾烈になり始めている。

「おい、誰かいないか?」

 ピオニーが声をかけると、すぐさまメイドが部屋へと入って来た。

「何か御用でしょうか?」
「今すぐアスランかジェイドを連れてきてくれ」
「はい、かしこまり―――」

「ここにいますよ。」

 メイドが一礼して返事をする前に、アスランとジェイドはその手に書類を抱えて(今度こそ執政に関しての書類だ。)入ってきた。

「あぁ、丁度きたか。すまんな、ご苦労」
「はい。失礼いたします。」

 メイドが部屋から下がると、ピオニーは途端イライラとした雰囲気を隠そうとしなくなった。

「何だか、いつにも増してウザイですねぇ」
「ウザイのは、ぼけ老人どもだ。ジェイド、今すぐここにある書類全部燃やせ」
「そんなことは自分でやりなさい。面倒くさい」
「皇太子命令だぞ」
「拒否します。」

 胡散臭い笑顔で(普段はどうあれ)皇太子の命令をばっさりと切り捨てたジェイドは、わざとらしく眼鏡を押し上げて、手に持っていた書類をピオニーの書類が山となった机の上ではなく、近くのテーブルの上に置いた。
 アスランもそれに倣ってから、不思議そうにピオニーの机の上の書類を見つめる。

「殿下、それは一体何なんです?」
「婚約者候補たちの調査書類。」
「はぁ・・・」

 試しに一枚取ってみると、マルクトでそれなりの地位にあって美人で器量良しと有名な女性に関する事細かな調査結果が記されていた。
 一枚でこれなのだから、一体机の上にはどれだけあるのだろうか。

「そういえば殿下には婚約者がいませんでしたね、その御歳では珍しく。」
「うるせぇ、そんなものは個人の自由だ」
「自由じゃないですよ、このアホ殿下。貴方曲がりなりにも皇族の血を引いているんですから、そろそろ決めないと本当に耄碌した老人どもが、貴方の寝台に女性を放り込みかねませんよ」

 ジェイドの言う通りだった。
 過去、マルクトではなかなか結婚しようとしない皇族や子宝に恵まれない者、愛した人間が平民だった皇族などに、薬などを使って異性の人間を皇族の寝所に待機させておく事例があった。
 このままではピオニーの身にも同じようなことが起こらないとは言い切れない。

「好きでもない女に勃たねぇな!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何度も言うようですが、馬鹿な言葉を使うのは止しなさい。マルクトの品性を疑われます。」
「すいませんね! 俺は子供の頃から王宮で育ってないから、そんなお上品な言葉は公式の場で精一杯なんだ!」
「勝手に拗ねないでください。全く・・・・夢見がちな年頃でもないでしょうに・・・・」

 心底疲れたと言うような溜息を吐くジェイドに、ピオニーは知らん顔、アスランは苦笑して見せた。

「・・・しかし殿下はこの書類全てを廃棄しようとしていらっしゃいましたが、いいんですか? ここから選ばないといけないのでは?」
「冗談じゃない。俺の妻となるものは俺が決める。だからこんな物は必要ない。邪魔だ。」

 調査した者が聞いたらさぞかし肩を落とすであろう、彼らの努力を水の泡にしようとしているのだから。
 だからといってピオニーの決意も変わりはしない。

「こんな物はいらない。」
「ですが、それでは貴族院も黙ってはいないでしょう。彼らを黙らす材料が、今の貴方にあるとは思えませんが。」
「ある。」

 いやにはっきりした言葉に、ジェイドは眉根を寄せた。

「・・・・・・・・・・・・・ほぅ。それは一体どのような?」
「アスラン、頼みがある。」
「はい、何でしょう殿下。」

 ジェイド同様嫌な予感を感じつつ、表向きアスランはにこやかに笑んで見せた。
 だがそれも、ピオニーのいやに真面目な顔でのたまった言葉に硬直した。


「ルークを、俺にくれないか。」


 瞬間、部屋の中に冷たい風が吹き、しばらく誰もが沈黙し。
 アスランとジェイドは同時に絶対零度の微笑を、己の君主に向けた。

「・・・・・・殿下、短いお付き合いでした。」

 物騒な言葉を吐きながら、腰に差した剣の柄を力強く握った。

「おやおや、貴方が幼女趣味だとはさすがの私も知りませんでしたねぇ? もしかして実は貴方ピオニー本人ではない、とか。何なら今すぐ私が譜術で吹き飛ばして差し上げますよ?」

 ジェイドの周囲で、彼の感情に引きずられるようにして音素が暴れだし、絶えずバチバチと電光が光った。

「待て。待て待て待て、お前らっ! 俺はピオニー本人だっつーのに!!」

「だったら尚更ですよこの変態殿下。私の可愛い娘を欲しいなどと・・・・ふざけるのも大概にしてください!!」
「貴方本当に自分の年齢分かってますか? 貴方は今年で22。ルークに至ってはまだ5歳。17歳差ですか。立派に犯罪ですね。このような人間が私の腐れ縁で幼馴染で、しかも主君とは! 世界はなんと残酷なことでしょうかねぇ」

 アスランとジェイドの絶対零度の視線と声音に、普通の人間・・・・いや、それなりにレベルが上の人間が相対しても竦んで動けないだろう。
 それほどに、怖い。
 だが、問題発言した男は次期皇帝。
 いろいろな意味で破格な男だった。

「それもわかってる。だが俺はルークがいい。」

 ピオニーは彼らから視線をそらしもせず、きっぱりと断言した。

「俺の我が侭だとは、十分承知の上だ。だがそれでも、俺はルークが欲しい。」
「自分の娘を・・・・謀略計略が飛び交う宮廷の標的にすると・・・・? そんなことをされて喜ぶ親がいるとでも!!?」
「わかっているさ・・・・ルークに辛い思いをさせる。だが必ず俺が守る。アスランっ、頼む!!」

 俺に、ルークをくれ!!!

 ピオニーは身分など関係なく、一人の男として、人間として、アスランの前で土下座をした。
 これにはさすがのアスランも心底驚いた。

「・・・・殿下!?」

「ルークを、愛しているんだ・・・・・ッ!! 頼む、アスラン!!」

 恥も外聞もなく、躊躇いなく頭を下げ続ける男(しかもこの国トップ2)に、アスランは一気に毒気を抜かれて心底困ってしまった。

「殿下・・・! わかった、わかりましたから頭を上げてください!!」
「・・・・ルークを、くれるか?」
「うっ!」

 その話題に戻られると、はっきり言って面白くない。
 というかいきなり土下座されて戸惑いの後ろに隠れていた怒りが、またもやふつふつと湧きあがってくるのを感じたが、そうすると何だか頭を下げている男はずっとこの格好かもしれない。
 アスランは心の底から溜息を吐いて、もう一度「わかりました、」と告げた。

「ただし、条件付です。」
「条件?」
「1つ、全てはルークの意思を尊重すること。例え殿下がルークを欲しくても、当のルークが貴方を拒否すれば諦めてもらいます。2つ、答えを貰う貰わない如何に関わらず、キムラスカとの問題を解決しとくべきです。3つ、良い答えが返ってきた後は宮廷を黙らす術を必ず考えてください。なるべく、あの子に害を与えないように。4つ、コレが一番重要です。・・・・・あの子を、必ず幸せにすること。それが守れなければ、例え殿下であろうと私の可愛い娘は差し上げられません。」
「その条件、飲もう。約束する。」

 そう言ってピオニーは立ち上がり、真摯な表情でアスランに頷いて見せた。
 後にジェイド曰く、「いやぁ〜、あれだけ真っ当な顔が出来るんだったら、公の場でもそうであって欲しいものですねぇ?」と嫌味半分に語ったものである。

「それと最後に、」
「何だ?」


「・・・・・・・やっぱりムカつくから一発殴らせろ。」


 表面上は穏やかな微笑を浮かべていたアスランの口から、ぼそっと低い声音がこぼれた直後、問答無用で強烈な右ストレートがピオニーの頬を殴った。
 ピオニー自身護身術を習い、本人も帝国内屈指の戦士であったが、相手は戦う事が仕事な軍人でしかも油断していたため、もろに吹き飛んでしまった。

「おぉ〜v フリングス中佐、お見事です。」
「ふふっ、お褒め預かり光栄ですカーティス大尉。少しすっきりしました。やっぱりけじめはつけときませんとねぇ?」
「ですよねぇ?」

 のほほんと笑いあうアスランとジェイドに、ピオニーは倒れた格好のまま「何で俺の部下はいつもこんなんばっかり・・・!」と小さく愚痴を呟いていた。
 左頬を赤く腫らせていじけるピオニーの姿も何のその。
 幼馴染のジェイドはピオニーの側にしゃがみこんで、目の前に一枚の書類を置き、その手の中に玉璽を握らせた。

「さて、そこの変態殿下。ちゃっちゃとこの書類に承認印を押してください。」

 ジェイドから強制的に渡された書類。
 その書類にざっと目を通すと、ピオニーは驚いた顔で自らの幼馴染の顔を見つめた。

「・・・・いいのか?」
「えぇ。後はサフィールに任せます。いい加減、鬱陶しいんですよあのジジイ」

 ジェイドが言う『ジジイ』が一体誰なのか、ピオニーは良く知っている。
 何せ自分の父親、現皇帝なのだから。
 だが、今では皇帝というのも名ばかりであり、実権は全てピオニーが握っている。
 ジェイドが嫌う・・・・・いや、馬鹿にしきっている現皇帝は、サフィールとジェイドが編み出したフォミクリーによって永遠を生きようと願う、ただの老人と成り果てていたからだ。

「わかった、許可しよう。同時に、ジェイド・カーティスに新たな任務を与える。」

 ピオニーが話した新しい任務と言う内容に、アスランとジェイドは呆れたように苦笑して見せたのだった。


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