ルークの健康診断から1週間以上過ぎたある夜。
アスラン、サフィール、ジェイド、ピオニーの4人は、滅多に見れないほど真剣な面持ちで、ピオニーの私室に集まっていた。
「・・・・それで、どうだった?」
「間違いありませんね。ルークはレプリカです。」
さらっと、まるで何でもないように告げるサフィールに、他3人の視線が途端厳しくなった。
それに内心ビビリながらも、サフィールは人数分作ってきた書類に目を落とす。
「ただ、疑問なのは彼女が確固とした記憶を持っていることです。」
「それ以前に、人間のレプリカの生成は禁じられているはずでは?」
そう、ジェイドこそレプリカ理論を作り上げ、サフィールがそれを生成する譜業開発に成功した。
彼らの功績はたちまち有名となったが、彼らは人間のレプリカだけは禁忌としていたはずだ。
「・・・・・研究者と言うのは因果なものですから。禁止と言われれば言われるほど、手を出したくなる奴はたくさんいるのですよ」
アスランの疑問にも、サフィールは淡々と感情をそぎ落とした声音で続けた。
「・・・・・しかも十中八九、キムラスカ王族に連なる者のレプリカ。キムラスカ領で研究が盛んな所と言えば。」
「ベルケンドか。」
「ファブレ公爵領ですよ。今はファブレ公爵が自ら統治しているのではなく、代理の市長を置き、研究に関してはダアト・ローレライ教団謡将ヴァン・グランツに一任してるとか。」
「そこでちょっと探りを入れてきました。」
ジェイドが書類をめくると、他の3人もそれに倣う。
「ちょうど3年前、公にされていない事故がベルケンドの地下研究室であったようです。その研究に参加したものは、事故で大半が死亡。生き残っても記憶喪失になったもの、脳に障害を受けたものが数人。事の次第をはっきり覚えていたのはスピノザという研究員だけでした。」
「捕まえたのか。」
「えぇ。穏便に、説明してもらいました」
にっこりと笑う笑顔が胡散臭い。
だが今ここでそれを指摘するものはいない。
「4年前、ベルケンドに忌み子が連れてこられたようです。」
「忌み子?」
「えぇ、呪われた赤ん坊ですね。生まれたばかりの。それはスピノザ・・・彼は老年の母と2人暮らしでしたが、その母親の方が赤ん坊を哀れに思い、引き取った。だがそんな彼女も引き取ってから1年後に病気で死亡。スピノザは赤ん坊の世話に嫌気が指し、自分が研究している実験体としたようです。」
「・・・・・それが、フォミクリーの研究か。」
威圧感溢れるピオニーの低い声音に、ジェイドは肯定を示した。
「しかもただのレプリカ研究ではありませんでした。・・・・完全同位体を作る研究ですよ」
その言葉に敏感に反応したサフィールは、激情のまま座っていたソファから立ち上がり、隣に座る幼馴染を見下ろした。
「・・・・・・馬鹿なっ!!! そんなモノ作った所でっ、いいや、作れた所でそれは本人じゃないはずです!!! それをジェイドっ、」
「落ち着きなさい、サフィール。私たちは同じであって違うのだと、過去の過ちから知っています。・・・・・ですが、彼らはそこまで知らない。彼らが知るのは、私たちが発表した論文・・・・・紙を媒体にしたものだけです。」
過去の過ち・・・・その犠牲となった彼らの師である女性が咄嗟に浮かぶが、ジェイドは報告書に視線を落とすことで、サフィールは自分を落ち着かせる為に深呼吸してからもう一度ソファに座ることで、彼女の姿を再び心の奥底へと沈めた。
「スピノザは当時1歳の少女を被検者として、レプリカを生成。被検体はその時の負荷で死亡。急いでレプリカを作ったためか、譜業装置が暴走し、爆発。先ほども言った通り、生き残ったのは数えるほどです。」
「それで、ルークがそのレプリカだと?」
「一概には言い切れません。スピノザが言うには、死亡したオリジナルの固体振動数は第七音素と一緒という稀有の存在であり、爆発の影響を僅かに受けたレプリカも、幸か不幸か完全同位体だったそうです。」
「・・・・・・・・・・大爆発ですか。」
「えぇ、大爆発が起こったと見てまず間違いないでしょうね。」
「大爆発、とは何ですか?」
暗い表情のサフィールとどこまでも感情を見せようとしないジェイドに、アスランは厳しい顔つきのままそう尋ねた。
「詳しいことは省きますが、2つに別れた同じ存在が、1つに戻ろうとする現象ですよ。オリジナルの方が身体的に死亡しますが、レプリカの方に音素が吸収されて、レプリカの精神がオリジナルに上書きされます。」
「つまり、体はレプリカですが、精神はオリジナル・・・・ということですか?」
「そうですね。そう思っていただいて構いません。この事故の被検体はレプリカ生成時の負荷で既に死亡してました。爆発直後、奇跡的にレプリカは生き残っていましたが、オリジナルの姿はどこにもなかったそうです。事故の爆発で吹っ飛んだとも考えられますが、それの場合影ぐらい焼きつくはずでしょう。彼が見た状況によると、オリジナルの譜業装置はあまり壊れてなかったようです。それこそレプリカの方の譜業装置の方がメチャクチャだったようですが、レプリカは無傷、オリジナルは消失したというのですから、間違いないでしょう。」
「それで、その後は?」
「実験の失敗を恐れた彼は、それを内密に処理。赤ん坊を手元に置いとくわけにも行かず、カイツールの酒場で働いていた女性に押し付けたそうです。その女性の家はアクゼリュス付近の山間にあり、スピノザは定期的に人を雇って養育費を払っていたようですね。まぁ、そのお金もバチカルのどこかから定期的に来るそうでした。」
「関わったものは?」
「抜かりなく、捕まえました。スピノザ、スピノザから女へと金を運んでいた運び屋、バチカルからスピノザに金を運んでいた運び屋と、そいつから聞きだした最初に赤ん坊をベルケンドに連れてきて捨てた人間・・・・産婆である女性の4人ですね。」
「ルークを3年間育てた女は?」
「あぁ・・・彼女。」
そこでジェイドは一層笑みを深くした。
その笑みにピオニーは泰然としていたが、アスランは背筋がぞくりと粟立ったし、サフィールなど「ヒッ」と情けない言葉と共に一瞬にしてソファの端により、なるたけジェイドから遠ざかった。
「あまりにムカついたんで、殺しちゃいました♪」
楽しそうに、けれど目は少しも笑わずに彼はあっさりとそう言った。
「大丈夫ですよ。ちゃんと完全犯罪、跡形もなく消し飛ばしましたから。」
「・・・・・4人も証明する人間がいるし、1人くらいいなくても問題はないか。」
ピオニーは平然と冷酷な言葉を吐き、アスランは少し残念そうに笑んだ。
「ずるいですよ、カーティス大尉。そんな楽しい事をするのでしたら、私も呼んでくださらないと」
「これはこれは、申し訳ありませんフリングス中佐。次からはそうさせていただきます」
「はい。お願いしますね?」
その様子を見ていたサフィールは、心底3人・・・特にジェイドとアスランが怖かった。
彼はジェイドと違って、軍人ではなくあくまで研究者なのだ。
彼らの敵と認識したものに対する容赦なさを垣間見て、絶対に2人を敵に回さないように自らに誓いを立てた。
「・・・・・それで、産婆から聞き出したのか。ルークの本当の両親を。」
「えぇ。スピノザの所に姿が見えなくなったので、てっきり死んだと思っていたようですが、ちょっと突いてみれば話してくれました。」
そこで彼にしては珍しい、悪戯っ子の様に目を輝かせて己の親友であるピオニーを見つめた。
「聞いて驚いてください。どうやらルーク、彼女はれっきとした王族ですよ。しかも、次期国王の王妹」
「ファブレ公爵の娘か。」
「えぇ、4年前誕生したアッシュ・フォン・ファブレ子爵の『双子』の妹ですよ。」
その衝撃的な事実に、サフィールとアスランは思わず息を呑んだ。
ピオニーは平然としているが、ジェイドは彼が内心動揺しているのがわかる。
「双子か、・・・・成程。」
「キムラスカには預言ほどにないにしろ、『双子は忌み子』と言う言い伝えがあるようですね。」
「その原因は、双子は双子でも同性の双子のことだろう?」
「さすがは未来の皇帝陛下」
王族で男の双子であれば、権力争いが勃発する。
逆に女の双子であれば、どちらかが婿に取った男がより王位継承者に相応しいか、権力争いが始まるから。
では、男と女の双子は?
「・・・・・・・成程。そこは突けるな」
にたりと笑う未来の皇帝に、けれどアスランは釘を刺す。
「言っておきますが、ルークは私の娘でもありますから。お忘れなきよう殿下。」
「わかってるさ。ルークにしたってお前が親だ。生まれた直後から捨てられたんじゃ、情の沸きようもない。ただ、如何にして奴らにルークと言う存在を認めさせて、そしてアスランの側にいさせるか・・・・・。ジェイド、他に情報は?」
「子爵とルークを生み出したファブレ公爵夫人・・・・彼女は2人を生み出した時体の弱さも相まって、気絶してたようです。彼女が気がつく前に産婆は妹・・・ルークを捨てたわけですが、以降彼女は精神を患っているようですね。さすが母親と言うべきか、小さな少女の人形を片時も離さず子守唄を歌っているようですよ。息子であるアッシュ子爵にしか呼びかけに応じない、とも聞きましたね。」
「成る程。彼女を味方にすれば、意外と容易いかもしれない・・・・。だからと言って連れ戻されても困る。そこは綿密に計画を立てるとしよう」
ピオニーが獰猛な笑みを浮かべると、アスランは微笑しながら頷き、ジェイドもにっこり笑ったまま眼鏡を押し上げ、サフィールもおどおどとしながらも、しっかりと頷いて見せた。
「さて、それじゃあ! ・・・・・・・・・・・・どうやってルークに説明すっかなーーーー?」
どこか困ったように遠い目をするピオニーに、他の3人も思わず遠い所を見てしまった。
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