「人間ドックってどんな犬ー?」
可愛らしいと言えば可愛らしい間違いだが、真面目に考えるととてもシュールな映像が浮かんでしまう言葉を言う愛娘に、アスランはにっこりと笑って見せた。
「犬はドッグであってドックではありませんよ」
「違うの?」
「はい、違います。・・・・そうですね、船が長旅を終えて港に戻ってくるでしょう?」
「うん! グランコクマにも一杯船あるよね!」
「はい。船は、次の旅に備える為にドックと言う場所に入って、どこにどんな損傷があるのか調べて、傷を癒すのです。次の旅も万全な調子で出るために。人間ドックも同じようなものです。病気を患っているのか調べて、もしそうであるならば治さなければなりません。」
「・・・・・んー、と? つまり?」
「要は健康診断ですね。」
マルクト帝国には、ある期間ごとに健康診断を受けなくてはならない決まりがある。
体が資本である軍部には絶対条件だが、申請すれば一般人でも受けることができるのだ。
ましてやルークはグランコクマに来て初めての健康診断。
ないとは思うが、もし魔物や何かに襲われた時、怪我を負って譜術で傷口を塞ぐことはできるが流れ出た血までは元に戻すことはできない。
輸血の為に血液型を知っておく必要があるし、もしかしたら遺伝的な何か病気を患っているかもしれない。
そういった物を調べる為に、健康診断とは色々と便利なものなのだ。
「・・・・病院、行くの?」
途端泣きそうに顔を歪めるルークに、アスランは優しく髪を撫でてやった。
ルークは病院を極端に怖がる。
いや、正確には真っ白い部屋に、医療器械などが置いてある場所が。
今回の健康診断も、最初は指定されている病院で行おうとしたのだ。
いざ行ってみると、ルークが常以上に取り乱し、アスランから離れようともしなかった。
その時は断念して、どうしようかと困っていた所にピオニーからの助けが入ったのだ。
「いいえ、大丈夫ですよ。今回はカーティス大尉とネイス博士がこの家に来てくれるそうですから」
「ジェイドお兄さんとサフィールお兄さんが来るの!?」
途端ぱあっと顔を輝かせる子供に、アスランは内心ほっとしながらゆっくり頷いた。
「はい。ピオニー殿下が、なまじ普通の医者よりも優秀なお二方を貸してくださいました。後ほどピオニー殿下も来て下さいますよ」
政務を抜け出してね。
最後の言葉は心の中で零しつつ、仲良しこよしの男たちが自分の元に遊びに来てくれる事に、ルークは飛び回るほど喜んだ。
そもそも今回の処置だって、ピオニーが『他の奴がルークの白くて可愛い柔肌に触るなんて断じて許せん!! ・・・・・ってか畜生! 免許持ってたら俺自らじっくり調べてやったのにっ』と軽く所かとてつもない問題発言をかましてくれた主に、アスランは前半部分だけは同調しつつ、『黙りなさい、変態殿下が』とにっこり笑って思わず譜術を発動させて彼の部屋を水浸しにしてしまった経緯もある。(減給ぐらい覚悟はしていたが、幼馴染であるジェイドとサフィールに、にこやかに『よくやった』と言われてお終いだった。仲の良い幼馴染なのだな、とアスランは感心したものだ。)
と、丁度よく家の呼び鈴が響いた。
「どうやらお出でになったようですね、」
「わ〜い!!」
少女にとっては全力疾走で玄関まで走って行き、その後をアスランはゆっくりと追っていく。
「いらっしゃいませ!」
本来ならば最初に「どなた様ですか?」と聞かなくてはいけない所を、アスランが咎めない事をいいことに、さっさとドアを開けた。
「久しぶりですね、ルーク」
「・・・・・・・・・やっと、ついた・・・・・・・・・・・」
アスランとは違う、何か含むような笑顔を浮かべるジェイドと、何故かぼろぼろの姿になったサフィールがそこにいた。
「お疲れ様ですカーティス大尉、ネイス博士。この度はわざわざご足労頂き、感謝いたします」
穏やかに微笑しながらアスランは彼らを招きいれ、ドアを閉めた。
「構いません、フリングス中佐。」
「全く、貴重な研究時間をあの小娘如きに邪魔されるなど・・・・・!」
「「何か言いましたか、サフィール(ネイス博士)?」」
アスランとジェイドが笑んだまま、全く同じ調子でサフィールを見つめながらそう言った。
途端背筋に流れる冷や汗に、ぶんぶんと素早く首を横に振る。
「あぁ、それでは今のは空耳ですか? それは良かった」
「空耳でも奴の心の本音かもしれませんよ、フリングス中佐。」
「空耳ならば構わないのです。それが本当のことなら、私はネイス博士に少々失礼なことを仕出かすかもしれませんから」
「そ、そそそ空耳に決まってるじゃあ、ありませんか!! 何を言っているのです2人とも!」
「わー! パパたちってとーっても仲良しさんだよね!」
子供の無邪気な言葉に、アスランは笑んだまま、ジェイドは憮然として、サフィールは既に半泣きだった。
「それでは、早速始めましょう」
「はーい!」
アスランに促されて、4人はルークの私室へと移動し、少女をベッドに腰掛けさせた。
「サフィールお兄さん、今度はブウサギのお人形がいいなぁ!」
「またですか。貴女もあきませんね」
サフィールはアスランが作った人形たちに譜業で改造し、ルークの譜力に反応して動き出すようにしたのだ。
それを殊の外気に入ったルークは、枕元においてあるブウサギ人形を、器具を用意するサフィールへと差し出した。
「ピオニーがくれたの!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何だかだんだんあの人の毒牙にかかっているような気がするんですが、」
正直な感想をぽつりとこぼし、サフィールは渋々とそれを受け取り、机の脇に置く。
「次会う時までには完成させときます」
「ありがとう!!」
にぱぁっと太陽のように明るく笑う子供に、サフィールも思わず口元を綻ばせた。
そこに注射器を持ったジェイドがやってくる。
「はい、雑談はそこまで。そろそろ始めますよ」
「・・・・・お注射、するの?」
途端泣きそうになるルークに、アスランは隣に腰掛けて安心させるように背を優しく叩いた。
「大丈夫ですよ、すぐ終わりますからね」
「できなければ、せっかくのおやつタイムが先延ばしですよ〜」
「おやつ!! ルーク、頑張るよ!!」
おやつの事になると俄然やる気を出す少女に、男たちは苦笑を禁じえなかった。
ルークの恐る恐るのばした右腕に、ジェイドはさっさと注射をさして血液を抜き取る。
規定より少し多めに取ってから、素早く消毒する。
「かゆくなるかもしれませんが、絶対に掻いちゃダメですよ。」
「か、かいちゃったら・・・・?」
「ぐちゅぐちゅになってぶくぶくになって、ぬめぬめっとでろでろになっちゃうかもしれませんねぇ?」
「ふぇえ〜! か、掻かないもんルーク!」
ジェイドの効果音だけの言葉に少女がどんな想像をしたのかわからないが、とりあえず脅しは効いた様だった。
そんな青い顔の少女を面白そうに見下ろし、「よくできました。」とジェイドは軽く頭を撫でてやる。
その間にサフィールは注射器から血液を試験管に移し、保存した。
が、彼は何を思ったのか、その血液をじっと見つめ、それからにぎやかに男2人と談笑する少女をじっと見つめた。
「・・・・? ネイス博士、どうしました?」
彼のあまり何か深く考え込むような表情を見たことのないアスランは、不思議そうにそう返すが、彼は真剣な表情のまま少女に近づいた。
「ルーク、」
「なぁに?」
「・・・・・・・・・・・頬に髪の毛がついていますよ。」
彼の指がそっと少女の頬に触れて離れていくと、確かに彼の指にはルークの髪の毛があった。
「ありがとー!!」
少女は無邪気にお礼を言うが、それでもサフィールは無言で頷くだけだった。
「ジェイド、」
「・・・・・わかりました。」
幼馴染の呼び出しに、2人はその場を離れ、器具が置いてあるテーブルへと戻っていく。
「これを。」
ジェイドがサフィールの手にしている少女の明るい髪の毛に視線を落とすと、何もしてないのにも関わらず、髪の毛はそっと空気に溶けるように音素となって消えた。
「・・・・これはっ!!」
「一度、徹底的な検査が必要です。器具は私の研究室に揃っていますから、連れていきます。この際ですので今日中に終わらせてしまいましょう。」
彼らはひどく難しそうに顔を歪ませながら、明るく笑いあう親子を見つめたのだった。
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