一歩歩く毎に感極まったような帰還を喜ぶ声と、同時に太く強くなっていく『ライン』。
それは正常に彼と彼女を『道』がリンクしている証明。
お帰りなさいませ。
お帰りなさいませ!
「無事のご帰還お喜び申し上げます、ルーク様。お疲れの所申し訳ありませんが、陛下がお待ちです。」
ようやくバチカルに戻ってきたルークを出迎えたのは、王女の影武者でもメリルであった。
彼女は婚約者らしく、涙ぐみ喜びながらルークの腕の中に飛び込んだかと思うと、その表情とは裏腹に至極冷静な声でそう囁いた。(無論、ルークが無事帰還した事を喜んでいるのも嘘ではないが。)
ルークは親密な関係を強調するべく抱きしめ返すと、彼女の耳に小さく了承の意を伝えたのだった。
王族しか入れぬ城の最奥。
そこに向かう道すがら、父クリムゾンとも再会を果たすことができた。
「ルーク、よくぞ無事に戻った。」
「ありがとうございます、父上。しかしすぐに帰還する予定だったのに、こんなにも時間を掛けてしまったのは予想外でした。あまりの不甲斐無さに悔しくてたまりません!」
その言葉に、大体の事は既に報告を受けていたクリムゾンも重々しく頷いた。
「ダアトと一族の恥がお前に突っかかったようだな。」
「それを言うならマルクトもですが。アイツは現在、我がキムラスカに不正に入国した罪で捕らえておりますが、どうします?」
「お前はどうするのが良いと考えているのだ?」
どこか試すように見下ろしてくる父に、ルークは僅かの逡巡も見せず決断を下した。
「本来ならダアトが介入して来る前に処断するのが適切かと思われますが、預言の事もあります。このまま生かすべきです。」
そう、『ルーク』という存在はキムラスカの繁栄に必要な鍵なのだ。
一時の怒りで殺すのには、あまりに重要な存在であった。
「良く理解しているな。そうだ、アレはここで失う訳にはいかない鍵。・・・・・お前が処刑すると言い出したらどうしようかと思ったぞ。」
「まさか! 利用する手があるのに、それをしない等愚の骨頂。そうでしょう? それを教えてくれたのは他でもない、父上です。・・・・まぁ、実を言うと今すぐにでも殺したいのは山々ですが。」
息子の言葉にクリムゾンは笑みを深め、よくできましたとばかりに軽く頭を撫でてやる。
それに目を丸くしたルークだったが、すぐに破顔した。
厳格な父が褒める事は滅多に無い事だ、ルークは素直に嬉しかった。
「何にせよ、アレを事前に手中に収められたのは僥倖だった。」
「後でお会いになりますか?」
「そうするとしよう。私もシュザンヌも、アレには一言二言言ってやらないと気が済まない。」
クリムゾンはそう言っているものの、きっと一言二言じゃきっと済まないだろう。
アッシュがダアトに亡命した事実が発覚した時の怒り具合は、凄まじい物があったのだから。
(アッシュ、いやルーク。お前は自分の居場所を俺に盗られたと思っているようだが、そんな事はない。父を、母を、国を、・・・・ナタリアを先に捨てたのはお前の方だ。それなのに今更返せだなんて、片腹痛い。)
それに、とルークは己の後に付き従うメリルに視線を向ける。
(メリルをナタリアと信じて疑わないアイツに、本当のナタリアを任せる気など言語道断だ! しかし・・・・メリルの方はどう思っているのだろう?)
「メリル」
「はい、ルーク様」
「正直に答えろ。お前自身はアッシュの事をどう思っているんだ? ナタリアとして確か将来の誓いをしたとか以前聞いた事があったが。」
「どうとも思っておりません。」
完璧な笑み。
そこに迷いも嘘も見当たらず、ルークは「そうか。」と返し、思わず笑みを零した。
(何だ、結局アイツは最初から持っていたのは約束された地位と家族の絆だけであったのに、それさえ気づいてなかったとは滑稽だな。)
「丁度良い。父上たちと一緒に、メリルもアイツに会いに行ったらどうだ? 言いたい事を言えるチャンスだぞ?」
「私如きに多大なご配慮をありがとうございます。しかし私は、あのような男に時間を割くほど興味もなければ暇でもございません。私はナタリア様の専属メイドですので。」
「それもそうか。」
ルークが至極納得した直後、三人は目的地に着いた。
ガラス張りの床、そこに施されたキムラスカ・ランバルディアの国章。
「道を開きます。」
帯剣を僅かに抜き、その刃に己の指を押し付ける。
じわりと溢れ出た血は、そのまま刃を伝い床に落ちた。
と同時に床一面が発光し、音を立てて階下へと移動していく。
(もうすぐだ、ナタリア・・・・)
一度はリンクが切れてしまうのではないかと思うほど、ラインがか細くなった時があった。
キムラスカに近づくにつれ、それは太く強くなっていったが、ナタリアの声を届けてくれるほどではなかった。
彼女の事を考えなかった時など一時もない。
あれから彼女はどうなってしまったのか。
無事なのか。
容体は悪化していないか。
心配で心配でたまらなかった。
その原因を作ったあの女に対しては、今後とも許すつもりはない。
だが今はあの女の事などどうでもいい。
思考の一部でもあの女の為に使う気はない。
(ようやく会える・・・・!)
セレニアの花に彩られた部屋に着くと、室内には懐かしい白いレースの天蓋ベッドがある。
そこにナタリアはいるはずだが、その前にインゴベルトの姿があり、ルークたちは跪いた。
「ルーク、帰ったか!」
「はい。此度の件、不可抗力とはいえ陛下やナタリア殿下には大変ご迷惑をお掛け致しました。申し訳ありません! 如何なる処罰も受けます。」
「良い、大体の事はクリムゾンから既に聞いている。お前が無事で良かった・・・。お前を誘拐した者らには、それ相応の罰を与えることは既に決定事項だ。ダアトが文句を言って来ようものなら、奴らに誰を敵に回したのかを思い知らせる事としよう。」
今回の件に関して怒っていたのは、何もクリムゾンだけではない。
インゴベルトとて、ナタリアと繋がりを持つ優秀な甥を誘拐され怒っていたのだ。
その証拠に彼の緑の目は酷薄な光を湛えていて、普段温厚だとされている彼らしかぬ冷たさを纏っていた。
「それと、みすみす誘拐されたお前への処罰だが・・・・・私の許しがあるまで城内に軟禁とする。」
その言葉に、ルークは下げていた頭を咄嗟に上げてしまった。
インゴベルトはそんなルークを咎めなかった。
それどころかつい先程の冷たさを払拭させて、優しさを浮かべた緑がルークを見つめている。
「無論、正当な理由があれば城下へと出かけるのも許そう。だが基本は城を出る事を禁ずる。・・・・・・どうか少しでも長くナタリアの側に居てやってくれ。お前が誘拐されてからずっと、ナタリアは眠りながら泣いていた。」
こちらへ、と促されるまま天蓋ベッドの中へ導かれ・・・・そこにある愛しい存在にルークは頬を寄せた。
「ナタリア・・・・」
少し、痩せただろうか。
インゴベルトの言う通り、泣いていただろう目尻が若干赤くなっていた。
それを優しく撫で、額と額を合わせる。
「ナタリア、今帰った。長い間離れてしまって、ごめん。でもこれからは離れないから・・・・」
だからどうか、目を開けて。
俺を見て。
「・・・・ルー、ク・・・・」
ルークの願いに応えるように、ゆるゆると開けられた瞼。
声と共に再び流れ落ちる涙を優しく拭えば、彼はナタリアに強い力で抱き寄せられた。
「ルーク、ルーク!! 無事で良かった・・・・!」
「泣くな、ナタリア。」
「だって心配だったんですもの! 突然貴方との『ライン』が切れそうになって、私が、どれだけっ・・・・!!」
「ごめん、ナタリア。」
「・・・・嫌い。嫌いよ! 私から貴方を奪う全てが嫌い!」
「もう大丈夫だ。俺はナタリアの側に居る。だから安心してくれ・・・・」
興奮するナタリアを落ち着けるように髪を撫でていたのだが、それも彼女の次の言葉で止まってしまった。
「だから私は決心しましたの、強くなるって。」
「・・・・・強く?」
「悠長に眠っている暇はありませんわ! 少しでも早く身体を元に戻して、私から貴方を奪う全てから、私が貴方を守ります!」
その宣言にルークは目を丸くし、やがて嬉しそうに笑った。
「じゃあ俺も誓おう。俺からナタリアを奪う全てから、お前を守ると。」
「絶対ですわ!」
「俺だって!」
くすくすと笑いあうルークたちを見守りながら、クリムゾンは表情を和らげた。
「これで不安定だったナタリア様の容体も落ち着きましょう。」
「それどころか一気に良くなりそうだ。」
嬉しそうに、インゴベルトも笑う。
「さて、我々は退散するとしよう。」
「御意。」
二人を残し、執務室に戻ったインゴベルトとクリムゾンを待っていたのは、ダアトからの抗議文と導師イオンの謁見申請だった。(ちなみにどこからか伝わったのか、マルクトからも謝罪文が届いていた。)
それを見たインゴベルトが浮かべた笑みは、元帥たるクリムゾンが背筋を震わせるほどのものだったという・・・・。
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