Wake up ! 2


「・・・・さて、一体何の用かな導師殿?」

 バチカルの王城、その謁見の間。
 インゴベルトは玉座に頬杖を突きながら、階下に佇む幼い導師を見下ろした。

「貴国が拘束しているティア・グランツ響長と鮮血のアッシュの解放を・・・・」
「却下だ。」

 全てを聞き終える前に、インゴベルトはその申し出を拒絶した。
 その言葉の強さに思わず息を飲んだイオンは、それでも食い下がる。

「確かにティアはルークと疑似超振動を起こし、国外に飛ばされる事になりましたが悪気は無かったのです!」
「本気で言ってるのか、導師イオン。」
「え・・・?」

 頬杖をついたまま、いっそ優しささえ感じさせる微笑みを浮かべたインゴベルトの目は、表情とは裏腹にとても冷たい。

「そもそも我が国の第三王位継承者を、公式の場で敬称を付けぬとは・・・・一体いつから我がキムラスカはダアトの属国となったのか、教えて欲しいものだ。」
「あ・・・」
「それに何だ、悪気は無いと? 冗談も休み休み言いなさい。・・・・全く笑えない。」

 そう言いながらも、インゴベルト自身はさも可笑しそうにクツクツと笑う。
 反対にイオンは、顔を青くさせていく。
 ルークと旅の途中でどういう交流があったのかは簡単にしか聞いていないが、だからと言ってその流れで謁見に来られては困るのだ。

「導師イオン、では貴殿に伺おう。貴殿の所に、そうだな・・・次期導師となる子が居たとしよう。その子がある日突然、ダアトに侵入してきた他国の人間と疑似超振動を起こして国外に飛ばされた。子は無事に戻ってきたが、騒動を起こした人間がこう言った・・・・『私は悪くない。悪気があった訳ではない』と。どうだ? 一国を預かる者として、これは果たして許される事なのか?」
「そ、れは・・・・」
「貴殿は言ったな、騒動を起こした元凶を解放しろと・・・・何の咎めも無しに?」
「そんな事は言っていません! 勿論彼女には罰を与えます!」
「ほう、ではどんな罰を?」
「それは・・・・その、一年は支給金を大幅カットして・・・・」
「一年? しかも全額カットではなく?」
「そんな事をすれば彼女の生活に支障が出てしまいます!」
「・・・・・・・・・ふっ、ふふふ・・・・・・・・・あっははははは!!!」

 イオンの場違いな言葉の数々に、インゴベルトはついに声高く嘲笑した。
 イオンは気づいていないだろう、この場に集まったキムラスカの要人全てが怒りに震えていることを。
 彼らだけではない。
 この場を守る兵士たちもまた、大声を上げて罵倒したい己を厳しく律していた。

「・・・・・・ふふ、導師イオン。」
「はい。」
「どれだけダアトは我がキムラスカを愚弄すれば気が済む?」

 鋭い眼光に晒され、イオンは思わず緊張に身体を強張らせた。

「我が国の王位継承者の命は、貴国の一兵卒の一年・・・・いやその者に支給される全額より安い物なのか。ふざけるな! 我ら王族に連なる者を危険に晒しておきながら死罪でもなく、国外追放すらしないとは余程ダアトはキムラスカと敵対したいと見える。」
「そ、そんな事は決して・・・・!」
「ならば先程の罰は何だ? 事は単なる自国で起きた窃盗罪などではないのだぞ!? これは国家間の問題でもあるのだ。ティア・グランツの解放、及び身柄引き渡しは許可できない。もしそれでも望むようなら、今後キムラスカはダアトに対してありとあらゆる支援を打ち切る。」

 手始めは、シェリダンの技術提供などどうだ?

 決してそれは冗談ではない。
 シェリダンの技術を今後利用できないとなれば、世界の情勢に取り残されるのは必至。
 しかもインゴベルトは手始めに、と言ったのだ。
 ダアトへの寄付金も打ち切られる可能性もある。
 そうなればもはやティア一人の問題ではない。
 ローレライ教団の運営だけでなく、ダアトに住む多くの人間に影響が出てしまう。
 その事に思い至って顔を真っ白にさせるイオンに、インゴベルトはさらに追い打ちをかける。

「そもそも我が国では貴国の兵士が王位継承者を誘拐したとして、貴国を不審がる者もいる。ここで誤った判断を下そうものなら、どうなるか貴殿とて分かるだろう? さて、導師イオン。貴殿は罪を犯した人間の命と、大多数の罪の無い命、どちらを取る?」

 そう言われてしまえば、もうイオンの答えは一つしかなかった。

「・・・・・ティア・グランツは破門にします。彼女に何があろうと、ダアトは一切関知しません。」
「賢明な判断だ、導師イオン。」
「ですが、アッシュに関しては・・・・!」

 正直、インゴベルトはまだ食いつくかと辟易していた。
 今までの話の流れから、アッシュとて解放しないのは分かり切っているだろうに。
 そもそもキムラスカとしては、ティアよりもアッシュの方が重要であり、解放などさらさらする気はない。

「まさか忘れたとは言わせないが、鮮血のアッシュとやらがマルクトで行った残虐行為を許すのか? その場には勿論我が国の大事な王位継承者もいて、多大な迷惑を被った事は導師イオンとて知っておられるだろう。ましてや国境の街では明確な殺意を見せ、我が国の王位継承者を愚弄する始末。殺人未遂罪、不敬罪が適応されるだろう。そうだな、そういえば不正入国したという罪もあったな。マルクトに対しても器物破損や殺人罪などがあるだろうが・・・・・・・・・・・・・・・・それでも解放しろと?」

 結局イオンは、アッシュに関しても解放を断念するしかなかったのである。
 とぼとぼを謁見の間を後にする導師を見送ると、インゴベルトはいい気味だと笑った。

「クリムゾン、」
「何でしょう、陛下。」
「導師は押さえつけたが、抗議文を出して来た大詠師が出しゃばって来るかもしれん。ユリアの血族だか何だか知らぬが、我がキムラスカに喧嘩を売ったのだ。問題はさっさと消すに限る・・・・そうだろう?」
「はい、陛下。」
「では、後を任せる。」

 そしてイオンと交代するように、キムラスカにやってきたモースがティア・グランツの解放を要望してきたが、既にその時にはティアは処刑されており、その死体を見たモースは顔を青くさせ呆然としていたのだった。


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