ルーク11歳、アスラン25歳  『聖戦。 4 』


「馬鹿なっ!?」

 防御結界は未だ作動している。
 なのに目の前に魔物が居るのは何故かと考えて、マルコは己のあまりの愚考に自分自身を罵りたくなった。
 防御結界が本来の出力で作動しているなら、魔物や敵が入れるはずもない。
 貴賓室を出ようとした時点で陸艦内部が襲われていたのだから、結界の出力が落ちているのだと簡単に思いつけるはずだったのに。
 どうやら自分が思っているほど冷静な頭ではなかったらしい。
 今更気づいても、もう全てが遅い。

「ルーク様、ここは私が敵を引き付けます! その間にどうかブリッジへお逃げ下さい!!」
「マルコ中佐!!」
「貴女様を長時間守っていられるほどの余裕はありません! 早く!!」

 マルコはそのまま一人で多くの魔物を引き付け、戦い始める。
 その必死に戦う姿を見て、ルークは己も戦うという言葉を寸での所で止めた。
 このままルークが居ても、実戦経験の無い彼女は足手纏いでしかなく、そして彼女はあくまで守られるべき対象なのだ。
 戦うくらいなら、無事に逃げる事を望まれる。
 これがもっと余裕のある状況なら譜術で加勢できただろうが、己を守るのは己自身である現状で、譜術を使おうとしても唱えている最中に攻撃を受けてしまう。(ただそれだけなら、幼い頃ピオニーに加勢したように、己の身を省みず戦闘に参加したかもしれない。)
 だがそれだけではない。
 敵の中にちらほらと見える赤い軍服と見た事がある甲冑に、ルークは動揺を隠せなかった。
 キムラスカがマルクトを襲撃しているこの状況が、嘘であってほしかった。
 動揺は躊躇いに繋がり、それはイコール隙である。
 ルーク自身も、戦える状況ではなかった。
 それをしっかり理解している少女は、歯を食いしばってブリッジへと走り出す。
 その後ろをライガが追う。
 マルコはそれに舌打ちして、近くの魔物を切り伏せライガを追う。
 それでもやはり追いつけないと早々に悟った彼は、短剣をライガに向けて投げた。
 短剣は見事ライガの息の根を止めたが、短剣を投げた事で他の魔物たちに隙を見せたマルコは別のライガから突進され、そのまま宙へと放り投げられてしまった。

「く、そっ・・・!!」

「マルコ中佐ーーー!!!」

 真っ逆さまに宙へと放り投げられた彼が最後に見た少女は、真っ青な顔で叫ぶ姿だった。





 ルークを一人で守っていた兵士が魔物の攻撃によって宙に放り出される様を、アスランにはスローモーションように見えた。
 そのまま落下して命も終わりに見えた兵士だったが、運良く陸艦外部に取り付けられている梯子の段を掴み、落下を阻止できたようだった。
 しかし彼が助かっても、守りを無くしたルークの危険は一層強まった。

「ルーク! 逃げなさい、ルーク!!」

 早く早く、一刻も早く愛する息女の側に行きたいのに、敵は多い。

「どけぇええええ!!! 私の邪魔をするなあああ!!!!」

 敵を切って、殺して、早く前に進もうと気が焦る。
 そんなアスランを嘲笑うかのように、上空に大きな鳥型の魔物が足に人間を掴ませてルークの元へと向かっていく。
 黒いマントに身を隠した人間が、ルークの背後に飛び降りて彼女を拘束する様を、アスランはただ見ているしかなかったのだ。





「捕まえたぞ」

 逃げようとしたルークの背後に、突如黒いマントの男が姿を現した。
 男はルークをすぐさま拘束すると、小さな棒状の物を取り出し、口をつけた。
 男がそれに息を吹き込むと同時に、ルークのペンダントが再び明滅を繰り返し、魔物たちの動きも一瞬止まったかのように見えた。

(・・・・・この音、部屋の中でも聞こえた音だ・・・・。)

 音が出るという事は、もしかしたら笛の一種なのだろうか。
 笛の音に従うように、大型の鳥の魔物が男とルークを掴み上げて、空へと舞い上がる。

(・・・・まさか、魔物を操ってるの? あの笛で、この人が・・・!)

 だがそんな事より、今は逃げなければならない。

「離してっ!」
「暴れるな!」
「離してよっ、・・・・・離せぇええ!!」

 バタバタと暴れてみるが、やはり拘束は緩まない。
 泣きそうな顔で眼下に繰り広げられる戦いを見下ろせば、赤と青、そして魔物が溢れている。
 そんな中、最前線に立ち一際目立つ銀の髪に目が自然と追った。
 まさか、そんな、あの人はグランコクマに居るはずで、ここにいる事などあり得ないのに。

「パパ・・・?」

 顔も判別できないぐらいの距離があるのに、ルークは彼がアスランだと確信した。
 ルークの耳に、己を呼ぶアスランの声も聞こえる。

「パパーーーーー!!!!!」

 会いたかった人の一人がそこに居るのに、こんなにも遠い。
 本格的に暴れ始めたルークに男が忌々しげに舌打ちし、ルークの脇下から回していた腕に力を込めた。

「あっ・・・・!」

 肺を強く圧迫されて呼吸ができない。
 骨がみしりと軋んだ痛みもある。
 苦しげな表情で、それでもアスランを呼ぼうとしたルークの目に、彼の背後から忍び寄る人間に気がついた。
 本来ならすぐに気づき応戦するはずのアスランは、こちらを見たままルークたちを追って来ようと必死になっていて気づいてない。
 呼吸困難以上に、嫌な予感で頭がクラクラする。

「パ、・・・パ・・・・・・・」

(駄目だよ、ねぇ気づいて! パパ!)

 ルークの願いも虚しく、アスランの背後に忍び寄っていた赤い軍服の人間は、そのまま吸い込まれるように彼の背に飛び込む。
 あれほど必死に自分たちを追ってきてくれていたアスランの動きが、止まった。
 それだけで何があったかなど、分かってしまう。
 分かってしまった。

(パパ、パパ、パパーーーー!!!!)

 心の叫びは声にならず、絶望はルークの身体から力を奪い、視界を黒く染めたのだった。





 ルークが不審人物に連れて行かれる直前、何故かアスランたちが乗る魔物たちまでもが暴れ始めた。
 軍属としてしっかりと調教してあるというのに、だ。
 アスランは振り落とされる前に、素早く魔物から飛び降りた。
 そして鞘で強く当てて魔物を動けなくした後、再度陸艦上空を見上げれば、ルークと男は大型の鳥の魔物に連れて行かれるところだった。

「ルーク、ルーク、ルーク・・・!!」

 必死で後を追おうとするが、到底追いつけない。
 アスラン自身の願望かもしれないが、ルークが己の名を呼んで助けを求めているようにも見えた。
 だからいつも以上に焦り、・・・・そして隙が生まれた。

「閣下! 後ろです!!」

 近くで戦っていた部下の警告に、咄嗟に身体が反応するも一瞬遅かった。
 背後から異物が体内に入り込む感触に、眉根を寄せる。
 そうしてゆっくりと肩越しに振り返れば、赤い軍服を着た男が下卑た笑みを浮かべた。
 皮肉な事に、痛みはアスランに冷静さを取り戻させた。

「・・・・・いい所に来てくれました。」

 先ほどの焦った表情から一転して、にっこりと柔和な笑みを浮かべたアスランに、彼の脇腹に短剣を埋めたままの男は怪訝な表情を浮かべた。

「今まで私はついうっかり焦って、敵と言う敵は皆殺しにしてしまっていました。でもそれでは、駄目なんですよ。貴方がたが一体どういう目的で私の可愛い息女を拉致したのか、どこに向かったのか、聞けないじゃないですか。」

 そこでもう一度、アスランは「本当にいい所に来てくれました。」と繰り返した。
 直後、剣を背後に薙げば、戦場に新たな悲鳴が響く。
 彼は己を刺した短剣を持っていた男の両腕を、あっさり切断したのだ。

「大丈夫ですよ。ちょっと痛いかもしれませんが、死なせはしませんから。」

 さらにアスランは、血が溢れる腕の切断部分に容赦なく初級譜術である火の玉を食らわせた。

「うがあああああ!!!」

 今更戦場で、肉の焼ける臭いや男の悲鳴に動揺するアスランではない。
 それどころか、次々と襲い掛かってくる魔物を退けながら、痛みに悶え苦しむ男を満足そうに眺めていた。

「火加減は丁度良かったみたいですね。貴方を死なせる訳にはいきませんが、貴女に差し上げるアイテムも譜術もありません。出血死されてもあれですし、簡単に血を止めさせて頂きました。」

 にっこりと笑みを浮かべたままのアスランに、男は恐怖に慄く。
 彼は戦場で一番恐ろしい人間(所謂最も敵対したくない人間)は、『死霊使い』だと思っていたのだ。
 通常であれば誰もがそう思うだろう。
 だがそうではないと、男は知ってしまった。

「ふふっ、むせ返るような血の臭いと死の気配。敵味方入り乱れた戦場は実に久しぶりです。久しぶりすぎて勘が鈍っていましたが、貴方のおかげで大分勘を取り戻せました。ありがとうございます。」

 そこで男はふと気づく。
 先の大戦で、『死霊使い』と同じくらい恐れられていた人間がいた。
 戦後パッタリとその名を聞かなくなったので、死んだかと思っていたのだが・・・・。
 白銀の髪、冴え輝く蒼い瞳。
 物腰柔らかかと思えば、恐ろしいほど残酷な。

「まさか・・・・『氷牙王』・・・・!?」

 男が口にした名に、彼は笑みを深めた。

「あぁ・・・、懐かしい名です。十年以上前、従軍したばかりでただがむしゃらに戦っていたあの頃、確かにそんな名前で呼ばれていました。まあその後、現皇帝陛下の護衛として知識など色々叩き込まれ、さらにはアクゼリュス調停役としても抜擢されてしまったので戦場から遠のきましたが。ですので、今ではその名を覚えているのは本当に少ないんですよ?」

 アスランの主君であるピオニーは知っているが、ジェイドは当時他の人間に興味を持っていなかっただろうし、サフィールなど研究三昧で戦場の人間など知る由もなかっただろう。
 そしてこれは、可愛い息女に秘密にしているアスランの一部分だった。
 これからも知らなくていいと思うし、できれば知ってほしくないとも思う。

「これで貴方には捕虜とする理由と、殺す理由が出来ました。どんな目に遭うかは、楽しみにしていて下さいね?」

 背に刺さったままの短剣をずるりと引き抜き、アスランは男に見せつけるようにゆっくりと血に濡れた短剣を落とす。
 男の恐怖は増し、震えは止まらなかった。


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