「もうすぐ・・・・もうすぐ会えるっ」
そわそわと陸艦の窓から外を眺める少女に、この艦での彼女の守り役を任された男は微笑した。
「はい。もうすぐ会えますよ」
「後どれくらいでグランコクマに着きますか?」
「そうですね・・・・。今の速さですと3時間から4時間後には到着できるとは思います。」
実はこの会話、今までに何度も繰り返してたりする。
目の前の幼く見える少女は未来のマルクト皇妃として、キムラスカとマルクトを定期的に行き来しているのだ。
今回もキムラスカでの滞在期間を終え、マルクトに帰る所だった。
「あの・・・・ごめんなさい、マルコ中佐。私、落ち着きなくて・・・・」
やはり自分でも落ち着いていないのがわかっていたのか、恥ずかしそうに俯く彼女にマルコは笑みを深める。
「いいえ、どうぞ御気になさらないで下さい、ルーク様。久しぶりの陛下方との再会ですし、じっとしている方が難しいでしょう?」
マルコの言葉にルークは一瞬で頬を染め、嬉しそうに笑った。
「はい、そうなんです! 会えない間、陛下やパパとは通信や手紙をやり取りしてたんですけど、やっぱり実際会えるとなると嬉しくて嬉しくて・・・・・早く会えないかな・・・・・」
「陛下や准将閣下もきっと、ルーク様のご帰還を今か今かと待ちわびていらっしゃるでしょうね」
一国の最も尊い男がそわそわと落ちつきがなく、しかもいつも以上に仕事に手がつかない姿を想像して、マルコは噴き出しそうになるのを必死で堪えた。
もしかしたらペットのブウサギたちを、念入りにブラッシングしているかもしれない。
不敬だと知りつつもマルコにとっては、目の前の少女も、そして自国の皇帝も可愛く見えてしょうがなかった。
この2人が未来で結婚しマルクトを率いてくれるのかと思うと、ずっと先の未来まで楽しみでもある。
そんな時だった。
ルークの胸元から、微かに光が明滅し始めたのは。
「ルーク様? どうなされたのですか?」
「これは・・・・」
ルークが服の下から取り出したのは、ローレライから貰ったペンダントだ。
それが何かを伝えようとしているかのように、明滅している。
少女は眉を顰めると、窓から遠くの景色を見つめた。
「・・・・・・・・・音、」
「え?」
「音が聞こえる。・・・・・・・何だか良くない感じの音」
それは一体どういう事なのか、マルコが詳しく尋ねる前に艦内の緊急警報が一斉に鳴り響いた。
何かあったのだ。
マルコは一瞬で軍人として気を引き締め、素早く通信機を取った。
「ブリッジ! 一体何があった!?」
『くそっ、前方に魔物の大群だ! 魔物だけじゃない・・・・何で人間が魔物に掴まって空を移動してるんだ!?』
『相手はこちらの警告も無視した! 総員迎撃用ー意! はずすんじゃねーぞっ』
『主砲発射までカウント始めます!』
『誤差修正しろ! 近くのセントビナーにまで被害を出す訳には行かない!』
『セントビナーに増援要請を出せ! 持ちこたえるんだっ』
「ブリッジ! ブリッジ!?」
マルコが応答を求めても、あちらはすでに戦場であり、話を詳しく聞く暇さえない。
だが幸いにして簡単な状況は確認できた。
魔物と人間(どこの所属かはまだわからない)が、とにかくこの陸艦を狙っていて、しかもどうやらこちらが不利な状況みたいだ。
「ルーク様、申し訳ありませんが・・・・・」
マルコが通信機を元に戻し、申し訳無さそうに少女へと振り返れば、ルークは酷く真剣な眼差しで彼を見つめていた。
「はい、私にも聞こえました。緊急事態なんですね?」
「そのようです。ルーク様の安全が最優先です。ブリッジへと一緒に来て頂きたいのですが・・・・・」
「勿論です! 行きましょう」
本来なら隠れてもらったり艦を脱出する手があるのだが、少人数で守っている場所より大人数で守っている場所にいた方がいいだろうし、迎撃態勢の陸艦から出ようとすれば陸艦自体の守備が薄くなり危うくなってしまう。
ましてや主砲など使っている状況で外に出て、万が一何かあればそれこそ冗談ではすまなくなる。
「わかりました。では、こちらです!」
「はい!」
時間は少し遡る。
セントビナーでは、息女の帰りを今か今かと待ちわびていた人間の一人であるアスランが別任務で来ていた。
「では老マクガヴァン、私はこれで・・・・」
「おお、わざわざセントビナーまですまんかったな。礼を言うぞ」
「いいえ、任務ですから。では老マクガヴァン、大将閣下、失礼します」
「あぁ、ご苦労だった。気をつけて帰るがいい。」
無事任務を終え、アスランが基地を出ようとしたその時、扉が外から乱暴に開かれた。
「た、大変です!!!」
「何事だ!」
「ルーク・コーラル・フリングス様が搭乗なさっている陸艦が、魔物の大群と何者かに襲撃を受けている模様! 増援要請が送られてきました!!」
その報告に、アスランは息を飲む。
何故よりにもよって、ルークが乗っている戦艦が襲われているのだろうか。
「至急隊を編成する! 非番の奴らも叩き起こせ!! 非常事態だ!」
一気に慌しくなった部屋で、アスランはゆったりとした歩みで、忙しなく指示を出しているグレンへと近づいた。
「閣下、もしできることなら・・・・・・・隊の指揮を私に預けて頂けませんか?」
アスランの言葉に、生真面目なグレンは当然眉を顰めた。
どうして他の隊の人間に、指揮を預けなければならないのか。
「フリングス准将、陸艦にルーク様が搭乗なさっていて心配なのは分かるが―――」
「閣下、」
指揮は預けられない、と言うべき言葉は、妙に迫力がこもったアスランの呼びかけに遮られた。
表面的にはいつもの柔和なアスランのように見える。
そう見えるだけで、実際には腸が煮えくり返るほどアスランは怒っていたのだ。
「指揮を、頂けますね?」
「・・・・っ!」
その殺気とも言える迫力に、周囲で慌しく動いていた兵士達も金縛りにあったように動きを止めて息を飲んだ。
それを真正面から受け止めたグレンは、拒否しようにも言葉が出てこない。
そもそも喉がカラカラに渇いて声さえ出ないのではないか、とも思えてくる。
その一種停滞した空間を破ったのは、老マクガヴァンだった。
「グレン、アスラン坊やに指揮を預けてやるがいい」
「しかし・・・!」
「どの道お前は城砦都市の最高責任者としてここから離れられないんじゃ。儂も現役という訳でもない。アスラン坊やなら隊を率いる程の力もある。ここは任せるんじゃ」
「・・・・・・・・・・・わかり、ました。フリングス准将、君に隊の指揮を預ける。準備が出来次第すぐに出発してくれ」
「・・・・・・感謝します。閣下、老マクガヴァン」
「そんな事はいいから速く行け!」
「了解!!」
それからは急ピッチで隊が編成され、軍用の魔物に救援物資を出来るだけ乗せ騎乗する。
アスラン含め突撃隊は、身軽な方が動きやすい為最低限の物以外は物資を積まないようにした。
そうして彼ら増援部隊がセントビナーを出て、襲撃された陸艦近くまで到着する頃には既に陸艦は多くの魔物たちに囲まれていた。
情報通り、魔物たちだけではない。
特徴的な赤い軍服や甲冑を着た人間達の姿も見える。
「・・・・・・何故、」
キムラスカ兵が!?
だが今はそれを追及する暇はない。
捕虜として捕まえて、後で詳しい話を聞けば言いだけだ。
とにかく今やるべき事はルークの、そして陸艦内でまだ戦っているだろう同胞達の救援だ。
「小隊ごとに散開! 魔物に囲まれた陸艦をさらに周囲から攻撃しろ! 私の部隊はそのまま突っ込んで蹴散らす!!」
「「「了解!」」」
アスランの指示通りに動いていく隊を確認しながら、彼は小さく呟いた。
「ルーク、無事でいて下さい・・・・!」
未来のマルクト皇妃を護衛するマルコは、陸艦の構造を失念していて思わず心の内で舌打ちした。
貴賓室からブリッジに行く通常の道なりは、すでに封鎖されている。
それは本来、貴賓室に滞在できる人間を戦闘に巻き込まないようにするための物であったが、既に魔物たちが艦内に侵入している状況では完全に裏目である。
今現在の位置からブリッジに避難する為には・・・・・外の通路を通るしかないのだ。
防御結界がまだ作動しているとは言え、魔物たちが溢れ戦闘中に外に出るなど自殺行為に近い。
だからと言って、ここで敵の襲撃を受けるわけにも行かない。
「ルーク様・・・・」
「私なら大丈夫です。行きましょう、マルコ中佐」
決意のこもった目と力強い声に、彼は苦しげに一度目を伏せた。
彼女は既に現状を理解している。
キムラスカ貴族の姫(しかも譜業の研究・開発に統括するファブレ公爵令嬢)として、陸艦の構造もきっと把握しているに違いない。
「よろしいのですか? 外はかなりの危険が伴います。」
「それしか道がないのでしょう? なら、迷っている暇はありません。」
「私の側を離れないで下さいね」
「わかりました。」
マルコの言葉にしっかり応じるルークは、やはり緊張しているものの、それでも度胸はかなりある。
彼女だけは守らなければ。
そう強く決意して、マルコは外へと繋がる扉を開いた。
一気に強い風に身体を煽られ、魔物と人間の叫び声、剣戟や譜術が炸裂する音が二人の耳に入ってくる。
それに一瞬ルークは怯んだが、護身用の短剣を握り締めて外へと踏み出したのだった。
「第二小隊、出すぎだ! 後退しろ!! 第一、第三はそのまま挟撃をかけろっ」
襲い来る魔物も人間も全て切り伏せて、アスランは冷静に情勢を分析しながら声を張り上げる。
陸艦は目の前にあるというのに、そこまでに至る道がこんなにも長い。
「准将!!」
また目の前の敵を切り伏せたアスランの耳に、遠くで己を呼ぶ部下の声が聞こえた。
「あれを見て下さい! 陸艦の艦橋に繋がる外部通路に・・・!」
どこか焦った部下の声に、アスランは言われるまま陸艦上部を仰いだ。
目を細めた視界に、久しぶりに見る小さな姿がある。
そこに、少女は居た。
「ルーク!!!!!」
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