アッシュ11歳、ヴァン21歳、クリムゾン44歳  『聖戦。 2 』


 神託の盾騎士団主席総長、ヴァン・グランツ。
 世界での彼の知名度はそれなりに高かったが、実際に本人を見た者は少ない。
 そしてそれ以上に、彼がまだ21歳の青年である事を知っている人間は更に少ない。
 その彼が何故若くしてローレライ教団の導師、大詠師に次ぐ権力を持つ謡将になったのか、或いはなれたのか。
 彼が類稀なる力を持った戦士であるというのも、理由の一つであろう。

 だが最大の理由は、彼が始祖ユリアの唯一残された子孫であるという事だ。

 ローレライ教団にとって、ユリアの血を引くというだけで神聖視の対象となる。
 彼の一族だけが謳える、第七音素意識集合体を召喚する事ができる大譜歌を歌えるのもまた、魅力的だった。
 幸いにも彼にはカリスマ性もあったし、下の者にも好かれていたようだが、彼が利用されているとわかりながら、それでも謡将となった理由は誰にもわからない。
 ただ一つはっきりするのは、確たる目的があるために謡将となり、オールドラント大国の1つ、キムラスカへと自身を売り込んだのだ。(そして彼は首尾よくベルケンドの譜業研究所を総括し、時期国王とされるアッシュの剣の師としても採用された。)

「アッシュよ」

 ベルケンド研究所への視察と剣術稽古という名目で、供を連れてやってきたアッシュに、ヴァンは声をかけた。

「体調の方はどうだ?」
「大丈夫です、師匠」

 実際にはアッシュは、己が持つ特殊な力・・・『超振動』の力を主体とした実験に協力する為にベルケンドへ来たのだ。
 超振動は、術者に多大な負担がかかる。
 現にアッシュは今もふらふらしていたが、失礼な所を見せないように足を踏ん張った。

「そうか。それならば良い。アッシュのおかげで、研究の方も大分進んでいるようだ。」
「それは良かったです。キムラスカだけでなく、世界の為に使われる力ですから。」

 それで少しでも民の役に立てるなら、と笑むアッシュに、ヴァンは僅かに眉を寄せた。

「・・・・・・・アッシュ、」
「はい。」
「私と共に、ローレライ教団に来ないか?」
「・・・・・・・・・・・・・え?」

 今一体何を言われたのか、さすがのアッシュも瞬時に理解は出来なかった。
 ゆっくりと言葉を噛み砕き理解した瞬間、アッシュは大きく目を見開き、反射的に周囲を見回した。
 アッシュの護衛たちは一定の距離を離れていて、今の言葉は聞こえてなかっただろう事に、まず安堵した。(聞こえていたら、大変な事になる!)

「・・・・師匠、突然何を・・・・?」
「アッシュは、このままでいいのか?」
「いいとは?」
「このままでは、国に飼い馴らされる事になるぞ。お前の力を、国は見逃さないだろう」

 その言葉に、今度はアッシュがはっきりと眉を寄せた。

「俺はファブレの男です。国の為に生きる事はあっても、飼い馴らされるつもりはありません。」
「国の為、か・・・。では預言でお前の妹が嫁ぐマルクトとキムラスカが戦争になると詠まれているのを知っていても、それが言えるか?」
「!!??」
「嘘ではない。私は真実お前の事を思って、本来何人たりとも教えてはならぬ預言を告げているのだ。このままでは、お前はその力を当てにされ戦場に出されるだろう。その手で、妹の命を奪うかもしれない。・・・・・それは嫌なはずだ、アッシュ・・・・・お前は彼女の事をとても大事に思っているはずなのだから」

 急な内容にアッシュは驚いたまま硬直するが、ヴァンはそんなアッシュさえも哀れむような視線で見下ろした。

「だが私ならそんなお前を助けてやれる。ローレライ教団に来れば、私がお前を匿ってやれるぞ。お前が、妹を殺さずにすむよう守ってやれるだろう」

 そう宣言しながら自信が溢れる笑みを浮かべたヴァンに、僅かな沈黙の後に返されたアッシュの反応はヴァンの予想と違っていた。

「・・・・・・謡将、これ以上の暴言は我がキムラスカへの内政干渉と捉えます。お引き下さい。」

「!?」

 酷く平坦な声音だったが、その目は強くヴァンを睨み据えていた。

「今までは私の師として、少しの無礼は見逃してきましたが、今回はそうはいきません。」
「なっ・・・」
「私の力が戦争に使われる? えぇ、確かにそうでしょう。私の力はそれほど強力なものですから、例えば私が恐れ多くも陛下だとして、世界で唯一無二の強大な力を持つ人間がいれば前線に立つよう命令を下すでしょう。それが、我が祖国の、民の為になるのならば。・・・・・それに謡将、貴方は王侯貴族がどれだけ誇り高いか理解しておられない。」

 今までの親しげな態度を排除し、キムラスカ王国ファブレ公爵の子息として、第三王位継承者としての態度を取るアッシュに、ヴァンは僅かに眉根を寄せた。

「妹の事は確かに大事です。ですが、妹が敵国となった国に嫁いでいたのでしたら、妹の誇りはそこにあるのです。キムラスカを第一に考える私と、マルクトに嫁ぎ彼の地の皇帝と国を支える人間の妹・・・・・非常に悲しい事ですが戦争となった場合妹を標的からはずす事はありません。私がキムラスカの為にあるように、妹がキムラスカ以上にマルクトの為にあるように。・・・・・・・・ですが謡将、貴方のおかげで良い情報を得られました。預言では、そうなっているのですね。ではそうならぬよう、努力いたしましょう。幸い私も妹も、民を苦しめる戦争など、嫌いですから。」
「預言が違える事はないとわかっていてもか?」
「変えてみせましょう。・・・・・・あぁ、そうなると預言を重視するローレライ教団とは袂を分かつ事になりますね。今まで剣の指導、ありがとうございました。私としてはもう少し指導して欲しかったのですが・・・・・残念です。貴方への対応はこれから上層部が決めるでしょう。本来なら今捕えるべきなのでしょうが・・・・、今まで世話になったせめてもの慈悲です・・・・・去れ。」

 そのままくるりと踵を返し、護衛兵の元へと戻ろうとしたアッシュの耳に、嘲笑が混じった声音が届いた。

「・・・・・これは誤算だったな。だが私はお前を逃すつもりは無い!」

 何を、と問おうとしてアッシュが振り返る直前に、首に衝撃を感じ意識が途切れていく。
 助けを求めようと必死に護衛兵たちへと目を向けたのだが、アッシュの目に飛び込んできたのは、護衛兵を切り伏せる『マルクト兵』の姿だった。

「預言を覆す・・・・その意見には賛同するが、お前のやり方では生温い! この腐った世界は、一度全てを浄化するべきなのだ」
「く、そ・・・・っ」

 ヴァンの言葉から、キムラスカ兵を襲ったのはただの『マルクト兵』ではない事は容易に知れた。
 だが真実を知らぬ周囲はどう思うだろうか。
 ヴァンが言っていた預言通り、戦争が開戦する可能性も考えられる。
 護衛たちを離し、この男と2人で話していた自分の迂闊さを呪いながら、アッシュの意識は闇に落ちた。




「大変です陛下!!!」

 常の冷静さを失わせたキムラスカ兵は、インゴベルトだけでなくクリムゾンもいた執務室に入ってきた。

「どうした?」
「ベルケンドにて、アッシュ様が行方不明になられたという情報が入って来ました!」
「何だと!? 護衛はどうした!?」
「全員、殺されておりました! 偶然その現場を目撃したグランツ謡将が、キムラスカ兵を襲ったのはマルクト兵だったと・・・・! アッシュ様を誘拐したのもマルクトだと仰っておられました。後日、証拠品を提出するそうです!!」

 兵士の言葉に、インゴベルトとクリムゾン以外の人間が、次々とマルクトへの怨嗟を吐き出していく。
 今までルークとマルクト新皇帝の婚約で融和的になっていたというのに、一人の兵士の言葉で全ては裏返っていく。
 やはりマルクトは、我らキムラスカを滅ぼそうとしているのだ、とか。
 新皇帝は好戦的ではないと言っていたが、それはマルクトが流したデマだったのだ、など。
 憎悪と憤怒を滲ませた言葉の数々に、それでもインゴベルトとクリムゾンは厳しい表情を浮かべたものの、何も言うことは無かった。

「・・・・・・・・わかった。早急に手を打たなければならん。アッシュは我が国の大切な継承者・・・・何があっても見つけ出さなければ。」
「捜索隊を直ちに編制しろ! 情報を集めるのだっ」
「ハッ!」

 言下、一気に慌しくなった室内で、動く事がなかったのはやはり2人だけだ。

「どう思う、クリムゾン?」

 周囲の部下たちに聞こえぬよう、声を落としたインゴベルトに、クリムゾンはただ一言だけ返した。

「きな臭いですね。」
「・・・・・同感だ。」

 2人は、・・・・2人だけは、この事件に対する何らかの『裏』を感じ取っていた。


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