「由々しき事態だ。」
「そのようですな・・・。」
「何を悠長にしている!? あの皇子が戴冠してから、預言からどんどん外れていくではないか! 預言は絶対なのだっ」
マルクトとキムラスカは戦わなければならない。
預言の為、この世界の繁栄の為に!
男は感情的にそう叫ぶ。
それを聞いているもう一人の男は、ただ頷いた。
「愚かな・・・。」
男2人の会話に、小さく掠れた少年の声が間に割り入った。
「貴方がたは今、どれほど愚かしい事をしようとしているのか分かっているのですか!?」
「愚かしい?」
少年の言葉に、男は嘲笑った。
「どこが愚かしいものか! 我らローレライ教団にとって、これは死活問題ですぞ。ユリアの預言は守られなければならないっ」
「いいえ、ユリアは決してそのような事は望んでいませんでした。預言は、ある一つの道標でしかありません。絶対ではないのです。世界がユリアの預言から外れようとしている・・・・それのどこが悪いというのです?」
「未熟な導師の癖に、知ったような口を・・・・!!」
男は少年に激昂して見せたが、自分と少年の現状を思い出して、すぐに嫌らしい笑みを浮かべた。
「だがどれほど言葉を重ねようとも、囚われの貴様に何が出来る?」
ローレライ教団の最奥は、ザレッホ火山へと繋がっている。
その一角に隠されるように牢屋へと閉じ込められた少年の姿に、男の嗤いは止まらない。
「誰も貴様がここにいる事は知らない。私は大詠師として、突然の導師不在で混乱するローレライ教団を導いて行かなければな!」
「何をする気です、モース!」
「何をする気? そんな事は最初から決まっている。世界はユリアの預言通りに動くべきなのだ!」
「貴方という人は・・・・っ!!」
この男は折角の平和を壊し、戦争を起こそうとしているのだ。
それを覚った少年が思わず柵の隙間から手を伸ばすが、男には届かない。
譜術の一つや二つぶつけてやりたいのだが、ここに幽閉される前、用意周到に封印術を食らわされたのでどうにもする事ができない。
怒りと悲しみに表情を歪める少年導師に男は満足し、意気揚々と踵を返していく。
「そこで緩やかに死んで行くがいい。そしてあの世で見ているのだな、ユリアの預言が成就されるその時を・・・・!」
高笑いをしながら去って行く男の後を、もう一人の男もついて行く。
その姿が完全に見えなくなった時点で、少年は膝をついた。
「まさかモースだけでなく、ヴァンも共謀していたなんて・・・・。」
モースだけなら警戒していたのに、結局はこの様だ。(あれだけ兄に気をつけろと言われていたのに・・・・!)
この事を誰かに伝えなければならない。
だがどうやって?
今の少年は身一つ、何の力もなければ道具さえ持っていないのに。
「僕の事はいい・・・・。だが、世界を徒に混乱させる事だけは止めなければ・・・・っ」
ユリアの預言は、繁栄だけで終わる物ではないのに。
それを、預言を狂信する男に伝えた所で信用しないだろう。
「誰か・・・・!」
少年の悲しき叫びは、今はただマグマの海へと沈み込んで行くだけ。
同時刻。
「違う・・・これも違う、」
多くの本に囲まれ、サフィールは隠れながら棚から本を出してはパラパラとページをめくり、それが目的の物でないと知るとすぐに本を戻し、また違う本に手を出す。
夢中になっているサフィールの背に、気配を隠して小さな影が姿を現した。
「貴様、こんな所で何をしている? ここは導師のみが入れる禁書の間だぞ」
その声にサフィールはビクリと肩を揺らし、緊張感が辺りを包むが、やがてサフィールが小さく溜息を吐いた事で場も緩んだ。
「・・・・・・・・・・シンク。」
サフィールの呆れを含んだ声音に、背後から脅しをかけた仮面の少年は勝気な笑みを浮かべた。
「そ。もっと周囲に気を配りなよ、ネイス博士。僕じゃなかったら即刻マルクトのスパイとして死んでたね」
「・・・・・・えぇ、そうする事にしましょう。」
「で、こんな所で何やってるわけ?」
「ちょっとした探し物ですよ。貴方こそ、どうしてここに?」
「アリエッタたちも、探してた、です。」
シンクの背後から姿を現したのは、桃色の髪の少女だ。
サフィールはその彼女とも面識があった。
こう見えても、彼らはローレライ教団が誇る優秀な兵士だった。
「アリエッタ・・・・貴方まで何を探して・・・・って2人が揃ってる時点で、一つの事しか考えられませんね。導師を探しているのですか?」
眉根を寄せたサフィールに、シンクは肩を竦めて見せるが、内心酷くイラついているのがサフィールにも分かった。
「そう。僕とアリエッタが任務から帰還した報告をしようとしたら、あの馬鹿の姿が無い。」
「仕事に嫌気がさして、脱走でもしたんじゃないんですか?」
「あのクソ真面目がそんな事すると思う?」
「・・・・・・・・・思えませんね。導師守護役はどうしました?」
「アイツも任務でまだ帰ってない。アンタん所の新皇帝に祝いの言葉を届けに行ったのさ」
「あぁ・・・・」
「しかも導師がいない事を良い事に、あの樽が出しゃばって来てる。アイツ、イオンに何かしたんだっ」
あれほどアイツには気をつけろって言って置いたのに・・・・!!
悔しそうに歯噛みするシンクに、アリエッタも腕に抱いた人形を強く抱きこんだ。
「イオン様が、いそうな場所・・・シンクと探した、です。でも、見つからない・・・・」
「ネイス博士、アンタは何か知らない?」
「残念ながら。この部屋にだって、不法侵入してる最中ですし」
「・・・・・そう。邪魔して悪かったね」
「いえ。私も目的の物が見つかり次第、手伝いましょう。」
「助かる。味方は多いに越した事はない。特に、あの樽にマークされてない協力者がね」
「でしょうね。・・・・・心配ですか?」
あくまで視線は本へと向けるサフィールの問いかけに、シンクは拳を握り締めた。
「心配に決まってる! ・・・・・・・兄貴が病で死んで、アイツは兄貴の代わりに奉り上げられた。僕よりも兄貴と似ていたから。運の悪い事に、兄貴ほどではないけれど導師としての素質もあった。アイツが苦しみながら預言保守派の連中と戦っているのを知っていたから、僕は僕で周囲と戦ってきた。逃げてしまえばいい、辞めてしまえばいい、周囲が望んでいるのは結局兄貴の影だけだ。それでもアイツはクソ真面目の馬鹿だったから、逃げなかったんだ」
「・・・・・。」
「アイツはいつも言ってた。預言は一つの道標でしかないと。導師でありながら、いや、導師となったからこそ、アイツは誰よりユリアの預言が外れる事を祈ってた。それなのに、今の樽ときたら・・・・!!!!」
預言預言預言・・・・!
周囲の信者達を巻き込んで、不穏な動きをしている事は、シンクもアリエッタもわかっていた。
だからこそ、考えてしまう。
もしかしたら突然行方不明となったとされる導師は、アイツに何かされたのではないか。
最悪、もうこの世にはいないのではないかとさえ思った。
「あの馬鹿は生きてる! 教団を見捨てた導師だと、他の奴らが何と言おうと僕はアイツの祈りを知っている! 絶対、探し出す。探し出して救い出す。僕は、あの馬鹿の兄なんだからね!」
「アリエッタも、頑張る、です!」
「・・・・そうですか。」
本を見ながら、シンクとアリエッタの誓いを聞いていたサフィールの手が止まった。
「・・・・・・・・・・・・見つけた。」
ぼそりと呟き、彼は厳しい表情を浮かべた。
その本に描かれた特殊な譜陣。
それはいつかの折り、幼馴染の愛する少女が首から下げていたネックレスの形と同一の物だった。
あれを見た時から、サフィールはずっとどこで見たのかと探していたのだ。
それが今、ようやく見つかった。
重大な真実と共に。
「・・・・・・私の用は終わりました。導師捜索に協力します。」
「自国に報告とかしなくていいのか?」
「報告はします。ただし、禁書の内容ですから傍受される危険のある通信や手紙などではなく、ちゃんとした口答でね。」
「そ? じゃ、早速働いてもらうよ」
「分かってます。」
シンクに頷きながらも、やはりサフィールの表情は厳しいままだった。
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