「誰か、いるのですか・・・・?」
酷く弱った、掠れた声音を耳にして、ミュウはちょこちょこと声が聞こえた方へと近づいて行った。
「ミュウですの!」
「・・・・・・・・え? チー、グル?」
「はいですの!」
ミュウの視界に入ったのは、先ほどまでルークたちが捕らえられていた同じ石牢の中に、緑髪の少年が倒れている姿だった。
と言っても、今はミュウに驚いているようだったが。
「・・・・喋れるんですか?」
「ミュウは特別ですの!」
えっへん、とお腹に抱えているソーサラーリングを見せ付けるように胸を張るが、少年は一、二度瞬きしてから微かに笑みを浮かべた。
「・・・・・聖獣チーグルが、喋れるとは、思いませんでした・・・・・。ですが、これは運がいい。」
「みゅ?」
「僕の名前はイオン。このローレライ教団導師イオンです。貴方にお願いがあります。・・・・・どうかシンクとアリエッタに・・・・・僕と同じ緑の髪をした仮面の少年か、桃色の髪の少女に、伝えてください。どんな手段を使ってもいい・・・・モースとヴァンを止めろと。」
「みゅぅ〜」
「お願いします。」
「イオンさんは、どうするですの?」
「僕は、動きたくても動けませんから・・・・・。僕の事はいいんですよ、でも世界だけは守らなくては・・・・」
ただでさえ弱っているというのに、このまま放っておけばイオンは間違いなく死んでしまうだろう。
ミュウにだってそれくらい分かる。
それなのに当人は放っておけと言う。
他に優先すべき事があるのだから、と。
「・・・・・・そんなの、ダメですの」
「え?」
死とは悲しいもの。
目の前に助けられるかもしれない人間がいる、それなのに何もしないなんて、ミュウの主であるルークはしない。
彼女だったらきっと、イオンの願いを叶えてイオン自身も助けるだろう。
ならミュウだってそうするだけだ。
「わかったですの! ミュウ、頑張ってシンクさんとアリエッタさんに伝えてくるですの!」
「・・・・ありがとうございます。」
「だから、イオンさんも頑張るですの。」
「・・・・・・・・・そう、ですね。」
同意しながらも、どこか諦観が混じった微笑に、ミュウのやる気は益々うなぎ上りだ。
「ミュウ、でしたね? すぐ近くの橋を渡れば巨大な譜石があります。その譜石の前にある譜陣を踏めば、自動的にローレライ教団へと行けますから・・・・・モース達に見つからぬよう、どうかお願いします。貴方に始祖ユリアとローレライの加護があらんことを・・・・・」
ミュウは力強く頷いて、まずは橋を渡った所の譜石を目指したのだった。
そこまでは良かった・・・・・が、現実はそんなに甘くない。
ミュウが譜陣で飛ばされると、見知らぬ部屋であった。
そこを抜け出せば本が一杯ある部屋で、小さい足を精一杯動かしながら部屋の中を目当ての人間がいるか探したり。
さらに部屋を出れば長い廊下と階段尽くしの地獄が待っていた。
「みゅ〜〜、しんどいですのぉ・・・・・」
普段ルークの頭や肩に乗って移動する事が多いミュウには過酷だ。
だが一度頼まれた物を請け負ったのだ、約束を反故したくない。
それにイオンを助けなければという使命感もあった。
「ミュウ、頑張るですの!!」
何度も挫けそうになる度ルークとイオンの事を思い出しては気合を入れ直し、再び捜索を開始する。(と言っても、足取りもふらふらで危なっかしいのだが。)
幸い、人の気配は多く感じるのに誰にも見つからず、何枚もの扉をくぐり廊下を捜索しているとひょいと後ろから持ち上げられた。
「・・・・・何、コレ?」
聞こえてきた少女の声に、ミュウはびくりと反応した。
今まで人に会わなかったからこれからも大丈夫だろうと、高を括っていたらこれだ!
もし自分を捕まえている少女がモースの手先だったら・・・・。
「みゅ〜!!」
「ちょ、コラ! 暴れるな!! 何もしないっての!」
必死に抵抗を試みたが、そこはチーグルと人間の体格差や力の差により逃げる事は叶わなかった。
仕方無しに、少女の言葉に賭けてみる事にした。
これ以上無作為に探し回っても、時間をかけすぎてイオンがどうなるか分からない。
「ホントにですの・・・・?」
「本当よ」
ミュウが恐る恐る振り向けば、そこには黒髪をツインテールにし、背に人形を背負った少女の姿が。
「アンタ、チーグルじゃん。しかも喋ってる・・・・・・・・売れば金になるか、」
「う、売っちゃ駄目ですの〜!!!」
「冗談よ。どんなに珍しかろうが、教団の聖獣売ったらそれこそ教団にいられなくなっちゃうもん。で、そのチーグルがこんな所でふらふらして、どうしたの?」
冗談と言われたが、ひしひしと身の危険を感じるミュウ・・・・思わず涙目だ。
それに罰が悪そうな顔をした少女が先を促すと、ミュウはおずおずと口を開いた。
「人探し、ですの・・・・」
「は? その人どこにいるかわかってんの?」
「わからないですの・・・・・」
「あぁ、だからそんなにふらふらしてたんだ」
「みゅう〜〜〜」
己の不甲斐なさに沈んだミュウに、少女を少し慌てたかと思うと大きく溜息を吐いた。
「・・・・・・・こんな事してる場合じゃないってのに・・・・・・」
「みゅ?」
「まあいいわ。実はあたしも人を探してるの。そのついででもいいなら一緒に探してあげる」
「ホントですの!?」
「ホント。で、誰?」
「シンクさんとアリエッタさんを探してるですの!」
「シンクと根暗ッター!? 何アンタ、根暗ッタの新しい友達?」
ミュウが出した名前に大きく驚いた少女に、ミュウも驚いてしまった。
「みゅ、ネクラッタさんじゃないですの。アリエッタさんですの!」
「だから根暗ッタじゃん。そういうあだ名なの!」
「みゅう〜・・・・。とにかく、ミュウはお二人に会わないといけないですの」
「ふぅん・・・でもあいつらも今忙しいから会えるかどうかわかんないわよ?」
「それはダメですの! でないと、イオンさんとの約束が―――」
守れない、と言いかけた所で、ミュウを掴む手に突然力が込められた。
「アンタ、今何て言った? イオン様との約束ですって・・・・?」
「みゅっ」
「アンタ一体何を知っているの!? イオン様とどこで会ったの!?」
さらに勢い良く上下に振られるものだから、ミュウは意識を失いそうになってしまった。
「ぐ、ぐるじいでずの・・・・・」
「あ、ゴメン。で、どうなの!?」
「言えないですの! イオンさんとの約束ですの!」
ミュウの言葉に彼女は隠しもせず舌打ちして、足早に歩き出した。
「だったら二人を呼び戻して話してもらうだけ!」
「みゅっ」
驚くミュウを気にも止めず、少女は背負っていた人形に小さく声をかけた。
「こちらアニス。シンク、アリエッタ応答して」
『・・・・・こちらシンク。アリエッタも側にいる。帰還早々隠密行動させて悪かった。それで、見つかったの?』
「見つかってない。でもイオン様との約束でアンタたちと会わないといけないって言うチーグルを捕獲した」
『・・・・・どういう事?』
訝しげな声が人形から響く。
きっとシンクは今、盛大に顔を顰めているだろう。
「あたしにもわかんないわよ! でもアンタたちにじゃないと話さないって言ってる。もしかしたら行方不明になったイオン様の手がかりかもしれない。急いで集合して。」
『わかった。集合場所は・・・・・ネイス博士の研究室で。』
「マルクトの・・・・いいの?」
『ネイス博士は敵じゃない。それにあの馬鹿の部屋にはきっと豚樽がいるだろうし、僕らの部屋じゃ危ないだろうね。』
「了解。すぐに向かう」
それ以降沈黙する人形と少女・・・・アニスを交互に見つめて、ミュウはパチクリと瞬きをする。
もしかしなくても、アニスと出会えた事は棚からぼた餅だったのではないかとようやく思い至ったミュウだった。
「ミュウ!?」
「あ、サフィールさんですの!」
「ルークの側を離れない貴方がなんでここに・・・・?!」
お互い思いがけない再会を果たしたミュウとサフィールは、どうしてこういう事になったのか確認しようとしたが、アニスが近くにあった机を叩いた事で止められた。
「そんな事は後回しにして! で、どういう事!?」
アニスとシンク、アリエッタに包囲されながら、ミュウはイオンが言っていた特徴が同じなのを確認して口を開いた。
「イオンさんから、シンクさんとアリエッタさんに伝えて欲しいって言われたですの」
「・・・・・・何をさ?」
「『どんな手段を使ってもいい。モースとヴァンを止めろ。』ですの」
「それだけ、ですか?」
「そう伝えろって言われたですの」
「じゃ、じゃあっ、アンタどこでイオン様と会えたのよ!?」
「イオンさん、ぐったりしてたですの。あのままだと危なくて、だから助けて欲しいですの!」
「だからそれがどこだって聞いてるの!」
苛立ちが最高潮に達しようとしている3人に囲まれ、流石のミュウも彼らを恐れるように身を小さくした。
「わからないですのっ。熱いマグマがある所で、石や岩で出来た牢屋に閉じ込められてて・・・・譜石の前の譜陣を踏めばこっちに来れるからって言われて来たですの」
ミュウには詳しい場所はわからない。
だがアニスたちにはそれだけで十分だった。
「「「「ザレッホ火山の石牢!!」」」」
我先にと走り出した3人を追うようにして、サフィールは驚くミュウを肩に乗せて彼らを追いかけた。
「みゅ?」
「お手柄ですよ、ミュウ。よくやりました」
「ミュウ、お役に立てたですの? ・・・・・だったら良かったですの〜!」
ミュウの活躍後程なくして、脱水症状に陥っていたイオンは4人と1匹に無事助けられたのだった。
だが肝心のモースとヴァンはまだ野放しのまま。
「イオンも助けた。それじゃ、アイツの言葉通り容赦なくぶちのめそうか」
「イオン様を傷つけた・・・・・アリエッタ、許さない、です!」
「・・・・・潰すっ!!」
どす黒いオーラを撒き散らしながら戦闘態勢に入る3人に、イオンに処置を施していたサフィールはほんの一瞬だけ相手に同情し、大きく溜息を吐いたのだった。
「それで、ミュウ。先ほどの続きです。どうして貴方がここにいるのです?」
「ミュウは、ご主人様と今まで一緒だったですの」
「・・・・・・・・・・・・何ですって?」
「ご主人様、キムラスカからマルクトに帰ろうとしてた時に襲われたですの。それで捕まってイオンさんの近くに捕らえられてたですの」
「馬鹿な!? イオン様の側にルークの姿はなかった!」
「みゅう〜・・・、イオンさんが捕まってた近くの瓦礫の山・・・・元は同じく牢屋だったんですの。そこにご主人様とアッシュさんが居たですの」
「何ですって!!?」
思いも寄らない話に、サフィールは大きく驚いた。(他3人も目を丸くしている。)
「まさか・・・・アッシュ様やルークは・・・・っ」
最悪の予想が頭をよぎったが、それはミュウによって否定される。
「ご主人様たちはきっと生きてますの」
「・・・・・きっと?」
「モースって人がアッシュさんとご主人様を苛めてたですの。それでご主人様、怖くて譜力が暴走させてしまったですの。そしたら強い光がご主人様たちを包んでそのまま・・・・」
消えてしまったのだと項垂れるミュウを見下ろしながら、サフィールは茫然自失に追い込まれていた。
無意識に頭を抱えると、喘ぐように声を漏らした。
「・・・・・・・超振動!! なんて危険な事をっ」
それがどれほど危険な物なのか、知識がある分余計恐ろしい。
下手をすれば、超振動の力によってそのまま音素分解してもおかしくないのだ。
ルークたちの力はまさしく諸刃の剣、それを暴走状態で行使された危険性は計り知れない。
「こうしてはいられない! マルクトに一刻も早く連絡を取らなければ・・・・っ」
もはやなりふりなど構っている暇は無かった。
イオン誘拐事件と並行して、キムラスカでもマルクトでも事件があったのだ。
本来なら直接会って報告しなければならない重要情報も、一緒に報告しなければならないだろう。
「導師の権限で使える秘匿回線の通信システムがあるけど、使う?」
「シンク?」
「イオンには後で僕から言っておく。時間が無いんだろ? それにそのチビの話によれば、あの豚樽も関わってるんだ。協力は惜しまない」
力強い視線をシンク、アリエッタ、アニスから受け、サフィールは頷いた。
「感謝します・・・・!」
back←
→next